2014年の労働安全衛生法改正を受け、15年12月からストレスチェック制度が開始されました。職域におけるメンタルヘルス対策として期待される一方、その運用をめぐり誤解や混乱もみられます。ストレスチェック制度を効果的に活用していくうえで、メンタルヘルス対策におけるストレスチェック制度の位置づけについて正しく認識しておく必要があります。
■ 1次予防・2次予防・3次予防
メンタルヘルス対策は、予防医学の分類に基づいて、1次予防(メンタルヘルス不調の未然防止)、2次予防(早期発見・早期対応)、3次予防(職場復帰支援・重症化防止)という3つの段階に分けて立案することが共通した考え方となっています。優先順位としては、1次予防の施策が最も重要とされますが、過去に厚生労働省から示されたメンタルヘルス対策に関する指針等は2次予防、3次予防に関するもので、1次予防に関する具体的な取り組みはほとんど示されていませんでした。
2010年、自殺対策の観点から、職域で実施されている一般定期健康診断へのうつ病検査(2次予防)の追加是非をめぐり、厚生労働省で本格的な検討が開始されました。当初は2次予防の施策として制度設計が試みられましたが、事業者にうつ病検査の結果という機微な個人情報が提供されること、それに伴う不利益取り扱い等、実施運用面でのさまざまな懸念が有識者会議で示されました。
そこで、一部の企業が実施していた先進的な取り組みをベースに、1次予防を主体とした施策として、「メンタルヘルス不調に影響を与える職場におけるストレス等の要因について、早期に適切な対応を実施するため、労働者の気づきを促すとともに、職場環境の改善につなげる『新たな枠組み』の導入」が提言され、これがストレスチェック制度に結実しました。
■ ストレスチェック制度の目的
改正安衛法成立後に開催されたストレスチェックの専門検討会・行政検討会の最終報告書には、ストレスチェック制度の目的について、「主に1次予防(本人のストレスへの気づきと対処の支援及び職場環境の改善)であり、副次的に2次予防(メンタルヘルス不調の早期発見と対応)につながり得るもの」として、考え方が整理されています。(1)ストレスチェック(2)個人結果の集計等で得られる集団分析に基づく職場環境改善の2つが1次予防(3)医師による面接指導が2次予防です。
法令上、(2)については職場環境改善のための手法が十分に確立されたとはいえない等の理由により、現時点では努力義務とされており、事業者に実施が義務づけられているのは(1)と(3)です。特に人事労務や産業保健に携わる関係者の関心は(3)に関するものに向いているようです。その背景には、高ストレスの労働者への対応不備によって安全配慮義務違反を民事訴訟で問われかねないとの懸念があります。さらに、「事業者が結果を把握しないからといって安全配慮義務を免れることにはならない」という厚労省の見解が、事業者の懸念に拍車をかけたのか、もっぱら(3)に特化した活動が重視されています。
しかしながら、(3)が義務づけられる対象範囲は(1)で高ストレスと判定され、かつ実施者が医師による面接指導が必要と判断し、かつ面接指導を希望して申し出た労働者に限定されます。また健康診断と異なり、労働者側には(1)の受検義務は課せられておらず、(1)の個人結果は本人同意なく事業者へは通知されません。そのため、(3)に特化した活動は、事業者からみれば「ブラックボックス」状態に陥りかねません。結果として、メンタルヘルス不調者が発生する原因に目を向けず、ただ表出してきた不調者への「火消し」的な対応にとどまることが懸念されます。努力義務とはいえ、受検者全体のストレス状況が反映される(2)にもっと目を向けるべきです。
ストレスチェックのみがメンタルヘルス対策ではありません。メンタルヘルス指針で示されてきた4つのケア(セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア)の重要性は不変です。現在実施中のメンタルヘルス対策が一部分に偏った内容となっていないか、今一度確認することをお勧めします(図表参照)。
本連載では次回以降、ストレスチェック、面接指導、集団分析を行う際の留意事項をそれぞれ解説します。
- 執筆者プロフィール
増田将史
2001年産業医科大学医学部卒業。07年よりイオン本社専属産業医、12年より現職。日本産業衛生学会産業衛生専門医・指導医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)