経団連事業サービス(榊原定征会長)は6日、東京・大手町の経団連会館で第31回昼食講演会を開催し、NHK解説委員の石川一洋氏から、「ソチ首脳会談と今後の日ロ関係」をテーマに講演を聞いた。
講演の概要は次のとおり。
■ ソチ首脳会談により強化された信頼関係
日ロ関係がまがりなりにも動こうとしているのは、安倍晋三という政治家が総理大臣でいるからにほかならない。5月6日、ソチにおいて開催された日ロ首脳会談の最も大きな成果は、安倍・プーチンの信頼関係が質的に一段上がり、本格的に首脳交渉が始まる土台ができたことである。
■ 北方領土交渉と新しいアプローチ
これまでの日ロ平和条約締結交渉は、北方領土4島の帰属問題に関する歴史的経緯、法的立場が議論の中心となり、紆余曲折はあったものの溝が埋まることはなかった。今回、両首脳が合意した「新しいアプローチ」に関する私なりの推測は、問題が解決すれば、日ロはどのような利益を得られるか、北東アジアの安定に貢献できるか、4島のどんな将来像が描けるか、という未来志向で交渉を継続して停滞を打破するということだと思う。
会談後、安倍首相は「停滞を打破する突破口を開くという手応えを得ることができた」と述べたが、プーチン大統領が動くという感触を「突破口」という言葉で表現したのだろう。しかし、交渉はスタートラインに着いたところであり、6月22日の次官級協議がロシア側の本気度のリトマス試験紙となる。ただし、外交官同士の交渉では実際には動かない。ソチ首脳会談で、安倍首相はプーチン大統領の日本公式訪問のカードを切ったと思われる。公式訪問の場合重要なのは結果であり、それなりの文書や調印が必要になる。年末のプーチン大統領の公式訪問で、ある程度の方向性が出れば、来年の安倍首相のロシア訪問があり得るだろうし、それが大きなヤマになるだろう。
日ロの立場はかけ離れているのでまだわからないが、記者の勘、スケジュール感でいくと、この1年が1つの勝負だと思う。
■ 8項目の経済協力プランの地政学的意味
ソチで日本側は「ロシアの生活環境大国、産業・経済の革新のための協力プラン」8項目を提案した。目新しいものはなく、ウクライナ問題に起因する対ロ制裁下でも止まっていないプロジェクトをまとめて日ロ間の正式なプランとすることで、ロシアに対する関与を経済面でも明確にした極めて政治的な提案である。
極東、シベリアへの投資や企業進出は、日本にとっては経済関係かもしれないが、プーチン大統領からみれば政治、地政学、安全保障の問題である。ロシアにとって、長大な国境線で接する中国との戦略的パートナーシップを維持することは重要だが、中国のみに依存する危険性をプーチン大統領は認識している。日本企業があくまでも経済原理で進めていくことが、ロシアにとっては安全保障だ。日本企業は経済原理で動いてよいが、それが政治、すなわち北方領土問題に影響してくることになる。
■ 安全保障を強化するための日ロ対話
日本の安全保障を考えると、北方領土問題を解決しつつロシアとの関係を強化することが日本の国益になると政治家安倍晋三は考えているために、アメリカの反対にもかかわらず、日ロ関係強化に動いているのだろう。安倍首相のいう「地球儀を俯瞰する外交」においてロシアの占める割合が大きいことは、日米同盟と矛盾するものではない。また、中国の軍事的拡大、現状変更の動きは脅威であるが、同時に中国とは戦略的互恵的関係を維持したい。
こうしたなかで、日ロ関係は、今は「敵でもなく友でもなく、良くもなく悪くもなく」という関係でこの程度の関係をそのまま維持するという選択肢もある。
しかし、そこを乗り越えて信頼と相互利益に基づく良き善隣関係になった場合には、米ロが対立したとしてもその対立は北東アジアに持ち込まれない。また、日本と中国が緊張関係になってもロシアが距離を保つことによって中国の行動を一定程度抑止できる。日ロ関係の強化が日本の安全保障を強化することにつながる、という感覚が安倍首相にはあるように思う。
私が心配しているのは、ミサイル防衛に対する米ロの対立が北東アジアに波及してくることである。ロシアがアメリカへの対抗措置として、例えば北方領土にミサイルを配備すれば、事態は難しくなる。米ロの対立があっても、日ロの安全保障対話によって、どこかで利益の一致点を見いだすことが重要である。
【経団連事業サービス】