昨年12月12日の19時過ぎ、COP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)議長を務めたファビウス仏外務大臣が小さな木槌を振り下ろすと、会場は熱狂的な興奮に包まれた。難産の末ようやく生まれた、2020年以降の法的枠組みを定めたパリ合意は何を定めているのか――。
最大の成果は中国やインドなど新興国も参加する、法的拘束力ある枠組みが結実したことであろう。なお、この枠組みに対して「自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution、NDC)」を準備・提出・維持すること、およびその達成を目指して国内措置を取ることは義務とされるが、提出した目標の達成は法的に義務づけられているわけではない。ここは京都議定書との大きな違いであり、正確に認識しておく必要がある。当然のことではあるが、条文に使われている助動詞が「shall(義務)」か、それ以外の「should」あるいは「will」なのかを正しく把握することが重要だ。
すべての国の参加を得たとはいえ、途上国と先進国の「差異」は、多くの条文に埋め込まれ残っている。この差異は、これまでの枠組みにおいては途上国と分類されていた新興国からすれば、手放せない既得権であり、交渉のあらゆる場面でインド等から強い主張がなされたのである(ちなみに中国は、少なくとも表向きは交渉に協力的であった)。
例えば、温室効果ガス削減について、「先進国は総量削減目標を実施することによりリードし続けるべき、途上国は削減に向けた努力を向上し続けるべき」と表現され、共に助動詞はshouldではあるが書き分けが行われている。また、途上国に対する資金支援について、先進国は義務とされ、拠出の状況について隔年報告の義務を負うが、その他の国は支援することを奨励されるにとどまる。しかし実はどの国が先進国でどの国が途上国か、京都議定書のように附則で明らかにされておらず、基準も明示されていない。これは今後大きな火種になるおそれもあるだろう。
もう一つパリ合意の特徴は、長期目標として、産業革命前からの温度上昇について、「1.5℃にとどめるよう努力を追求する」という言葉が入ったことだ。2℃ですらその達成が相当困難であることが指摘されているが、さらに高い目標が掲げられたことに会場からは喝采が送られた。しかし筆者には非現実的なまでに野心的な目標を掲げることの弊害の方が大きいように思える。
今後の国際交渉では1.5℃目標と実際の乖離が指摘され、途上国の対策が進まないことは先進国の支援不足であるとの議論につながっていくことも懸念される。米国ではすでに共和党を中心に多くの議員からパリ合意に米国が参加し義務を負うことはさせないという強い反発が示されているが、この1.5℃目標のもとに締めつけが強まるようなことがあれば、京都議定書の時と同様離脱してしまう可能性も否定できない。
わが国は、2030年に2013年と比較して26%削減という目標をつくるにあたって緻密な積み上げ作業を行った。まずはその議論で描いた施策を着実に実行することが求められている。
【21世紀政策研究所】