経団連は10月29日、東京・大手町の経団連会館で、環境安全委員会環境リスク対策部会(梶原泰裕部会長)を開催し、東京大学環境安全本部の飯本武志准教授から、放射線リスクの理解と意思決定時の留意点について聞いた。概要は次のとおり。
■ 放射線の基準値について
福島の事故の後、放射線にかかわるさまざまな基準値がつくられた。しかし、「基準値以下であれば安全なのか」「なぜ基準値がコロコロ変わるのか」「なぜ解説者によって違う説明がなされるのか」等の疑問があると思う。これらを理解するためには、基準値がどのようにつくられるかを知る必要がある。
基準値は、例えば放射線防護のための具体的措置の判断基準(相場観)であり、それ以下の被ばく量であれば安全というものではない。また、基準値を設定する際は、誰を守るための基準値か明確にする必要がある。例えば、病院において医療用放射線で被ばくする主体は、(1)患者(2)医師等(3)近隣住民――であり、リスクとメリットのトレードオフの考えに基づき、それぞれ異なる基準値が設定される。つまり、医師等は業務上被ばく量は多いが、報酬等のメリットを享受している。また近隣住民には直接的なメリットがないので、基準値は低く設定される。他方、患者の基準値には上限がない。これは放射線治療について、医師との相談のうえで、患者自身がリスクとメリットを理解して治療を決めるためである。
また、基準値は状況に応じて変えるべきである。例えば、福島の事故の場合、事故発生初期においては、人が短期間で大量被ばくしないことを目的とした基準値が定められ、避難等のさまざまな措置がとられた。しかし今後、事故が収束していくと、事故現場近くで日常生活に戻る場合も想定されるなど、状況が全く変わってくるので、新たな基準値が必要になる。そして、最終的には、環境を事故前の状況に近づけるための基準値が必要になる。
このように、基準値は目的と状況に応じて変えられるべきであるが、その値をどの程度にすべきか、という点については議論を要する。この議論を深めるためには、学校教育や関係者間のリスク・コミュニケーションが重要である。
■ リスク・コミュニケーション
福島の問題については、一気にすべてを解決できるわけではないので、まずは人への影響に着目して線量を下げていき、次に環境を回復していくべきである。このような観点を関係者に説明しているが、国民に放射線に関する基礎的な知識やリスク・マネジメントの考え方が不足しているために、リスク・コミュニケーションが思うように進んでいないと感じる。
そのため、今後の学校教育において、放射線に関する知識およびリスク・マネジメントを学べるよう、産官学が連携してリスク教育を支援する仕組みを検討すべきである。また、そのリスク教育は、放射線だけでなく化学物質やバイオハザード等のさまざまなリスク要因を総合的に考慮するものとする必要がある。
【環境本部】