日本では1990年代以降賃金が伸び悩んできたが、二つの要因で大きな変化の局面を迎えている。一つは少子高齢化による構造的な人手不足、もう一つは人的資本経営の拡がりだ。
1点目の構造的な人手不足については、賃上げで対応している面もあるが、デジタル技術など先端技術の活用による省人化や働き手の生産性向上を伴わずして、賃上げは続かない。各企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめ供給基盤の強化に取り組むとともに、先端技術の利活用や多様な働き方を阻む規制・ルールを徹底的に見直していく必要がある。
経団連では、人手不足が深刻な領域での先端技術の活用などに向け、規制改革要望を毎年取りまとめているが、技術や社会課題は常に変化しており、改革の種は尽きない。行政改革推進委員長として、会員企業の声に丁寧に耳を傾け、着実に前へ進めていきたい。
2点目の人的資本経営について、持続的な成長と分厚い中間層の形成の双方を進めていくためには「賃金と物価の好循環」の形成が欠かせず、付加価値創造力を高めることが鍵となる。イノベーションの源泉は人材であり、企業には人的資本への投資を通じ、従業員のエンゲージメントや組織としてのパフォーマンスを高めていくことが求められる。人的資本は、グリーン、人権と並んでサステナビリティ経営における大きな柱の一つだと考えている。
こうした変化の局面においては、単年度業績に基づき賃金を考えるだけでなく、経営戦略と整合的な中長期の人的投資プランを作り、社内外に発信することの重要性が増している。プランに基づいて、人事処遇制度や業務プロセスの見直し、人材の育成・適正配置などを進め、経営戦略の進捗も踏まえながらPDCAを回していく。これにより、人的投資が中長期的な業績の押し上げ、そして持続的な処遇改善へとつながるサイクルを創り出すことになる。
われわれは、30年以上続いた低成長を脱し持続的な成長を実現できるかの岐路に立っており、その成否は働く人々の価値創造力を最大限引き出せるかにかかっている。経団連として、また一経営者として、全力で取り組んでまいりたい。