トランプ政権の最重要公約の1つであったオバマケア改廃の立法化が、絶望的な状況になっている。何が問題だったのか。
■ オバマケア代替案
アメリカの場合、高齢者と障害がある人たち、低所得者に対してのみ、公的な保険が提供されており、雇用先が提供するケースでも個人で加入するケースでも基本的には民間保険が主である。しかし、個人加入を面倒がる人もおり、2010年に立法化されたオバマケア以前には、無保険者は人口の約15%程度に膨れ上がり、医療費が高騰していることもあり、社会問題化していた。
この状態を改善し、無保険者の数を減らそうというのがオバマケア(正式には医療費負担適正化法)である。オバマケアは、個人による民間保険の加入を義務づけたほか、従業員に医療保険を提供していない企業への罰則を導入した。さらには、低所得者を中心に公的保険の対象を拡大した。14年から本格的にスタートしたばかりだが、無保険者は6%程度になっていた。
ただ、政府からの強制感や、公的保険の拡大による政府支出の増大、さらには、これまで保険への加入を拒否されていた既往症がある人たちの保険加入で、加入者全体の保険料が高騰するなど、さまざまな問題が生まれていた。
保守派を中心にオバマケアの評判は芳しくなく、オバマケア成立以降7年間ずっと、下院を中心に議会の共和党側はさまざまなオバマケア廃止法案や代替法案を提出し続けてきた。しかし、両院で合意できるような案はできず、さらに、もし議会を通過しても、オバマ政権の間は大統領が拒否権を行使するのは火を見るよりも明らかだった。
オバマケア改廃を選挙公約に唱えたトランプ大統領の就任で、オバマケア代替案の審議が一気に政治的な争点として躍り出るかたちとなった。
■ オバマケア代替案がまとまらなかった理由
日の目を見なかったとはいえ、7年間も法案を提出し続けてきたため、議会の共和党側には、オバマケア代替案は比較的簡単にまとめることができるという楽観論もあった。「春のイースターの日(17年は4月16日)までには上下両院で法案通過させ、大統領が署名する」という言葉が共和党議会とトランプ政権の間で、独り歩きしていった。
しかし、実際の審議はかなり難航した。まず下院で審議されたが、下院案は保険購入者に対して政府の補助ではなく年齢別に税額控除を行うかたちでインセンティブを与える案が柱だった。しかし事実上、政府からの給付と大差なく、政府の予算を組み替えただけであるとして、政府予算からの支出を徹底的に嫌う共和党内の自由議連が審議の足を大きく引っ張ったため、3月中に一度、審議を中断した。再度、下院で審議し、5月には何とか下院案を通過させたが、上院では共和党側がなかなかまとまらず、7月末、僅差で否決された。上院の場合、民主党側(無党派で民主党との統一会派の2人を含む)との議席の差がわずか2議席であり、共和党側の3人の離反が否決の結果をもたらした。
オバマケア代替案がまとまらなかった理由は、トランプ政権の議会対策があまりにも稚拙であることに尽きる。特に、対立する民主党ではなく、与党・共和党内から離反者を出してしまったことが大きかった。
10年にオバマケアが成立する際、オバマ政権ではオバマ大統領自ら上下両院の民主党指導部と何度も折衝し、妥協案をつくり出していったように、政権内と民主党指導部との連携は非常に密だった。しかし、今回の場合、トランプ大統領が議会メンバーと会う時間は限られていたほか、プリーバス首席補佐官(当時)も共和党内の人脈を活かしきれなかった。また、当初の下院での審議の際、バノン首席戦略官(当時)が自由議連の議員たちに対し恫喝に近いかたちで協力を呼びかけたこともあって、自由議連の議員らが逆に態度を硬化させたこともあった。
トランプ政権の大きな構想では、まず、オバマケア代替案を通し、ヘルスケアに対する政府予算を削減することで、その分を次に控える税制改革、さらにはインフラ投資に充てようとねらっていた。それもあって、トランプ政権はオバマケア代替案をあきらめてはいないが、同じような内容の法案での再度の合意形成に時間を割けるだけの余裕が、連邦議会にどれだけあるかは疑問である。
【21世紀政策研究所】