[経団連] [意見書]

独占禁止法における差止請求権の導入、損害賠償請求の充実についてのコメント

1999年11月22日
(社)経済団体連合会
経済法規委員会

規制緩和が進展する中で、競争政策はますますその重要性を増しており、公正取引委員会の果たすべき役割に対する期待も高まっている。
一方、独占禁止法違反事件に対する民事的救済の手段を整備すべきとの主張があるが、民事的救済、とりわけ差止請求権の導入には、極めて重大な問題があり、産業界としても真剣な関心を寄せざるを得ない。
こうした中、公取委が設置した「独禁法違反行為に係る民事的救済制度に関する研究会」は、さる10月22日、差止請求権の導入、損害賠償制度の充実を内容とする最終的な報告書をとりまとめた。公取委では、同報告書を受けて、その内容を立法化する方向で検討を行なっており、これに向け、11月22日を締切として、意見募集を行っている。
本コメントは、この意見募集を受けて提出するものである。

  1. 差止請求権の導入について
  2. 独占禁止法違反事件については、その保護法益が公正競争秩序であり、また、経済事件としての特殊性・専門性のゆえに、公取委を独立行政委員会として設置し、その運用・解釈を委ねている。独占禁止法違反事件によって被害を受けた私人を救済する必要があるとしても、公取委の勧告・排除措置に加えて、損害賠償請求が円滑に機能すれば足り、私人による差止請求権を導入する必要性は認められず、却って公取委を軸に運用されている独占禁止法の体系が崩れ、種々の弊害が生ずるおそれがある。
    被害の迅速・的確な救済は、むしろ、公取委による独占禁止法の適確な執行により担保していくことを検討すべきである。

    1. 差止請求権の導入は容認できない
    2. 独占禁止法違反事件によって生じる被害は経済的な損害であり、金銭賠償では救済できず、差止めによらなければ救済できない被害、すなわち回復し難い損害とは何かが明らかではない。
      例えば、競争事業者が取引から排除される、あるいは、新規参入が妨げられることによって市場から排除され、当該事業が破綻に瀕する場合がどれほどあり、それが差止請求権の導入によって救済される可能性があるものか否かを、各行為類型毎に検証することが必要である。
      また、上記公取委報告書において「さらに検討した上で決められるべき」とされている、私的独占、不当な取引制限については、差止めによらなければ救済できない被害は想定し得ず、また、競争の実質的制限が要件であることから、(1)本来、専門機関たる公取委が判断することが最も適当な行為類型であること、(2)不特定多数が訴権者となることが多い行為類型であり濫訴の危険性も高いことから、差止請求権の対象とすべきではない。
      企業結合に対しては、差止めによらなければ救済できない被害は生じ得ず、また、差止請求権を導入するならば事業活動に重大な混乱を招くことから絶対に容認できない。

    3. 現行の独禁法の解釈・運用のあり方からの変更
    4. 前述のごとく、独占禁止法の解釈・運用は、単に法律の問題ではなく、公正競争秩序の維持という経済的・産業政策的観点からの考慮が必要であるところから、現在、独立行政委員会として公取委を設置し、専らその運用・解釈に当たらしめ排除措置等を命ずる権限を与えている。こうした中で、差止命令という経済活動に大きな影響を及ぼす措置について各裁判所が独禁法を解釈・運用することは、一国の競争政策の整合性を損ない、経済活動に重大な支障を及ぼすこととなる。

    5. 差止請求権導入の弊害
    6. 独占禁止法違反行為に対する差止請求権を導入することは、以下の通り、競争秩序をかえって歪めたり、わが国企業の競争力を削ぐという弊害を生じさせかねない。

      1. 根拠なき訴訟の助長
        根拠のない訴訟を助長し、これへの対応のために事業者が予想外の負担を強いられる惧れがある。

      2. 反競争的な利用の惧れ
        特に、競争事業者に対する他の事業者による根拠のない訴訟が提起される場合には、当該訴訟自体が不正な競争手段として使われることが懸念されるのみならず、このような訴訟を押さえるために競争相手と反競争的な合意等を結ぶインセンティブを高め、結果として、競争減殺的な効果をもたらす懸念がある。

      3. 解釈の多極化
        また、公取委の解釈に加えて、各裁判所が独禁法の解釈を行なう場面が増えれば、法的安定性が損なわれ、事業者に過度な負担を強いる惧れがある。

    7. 必要性等への疑問
    8. 差止請求権の導入が、以上のような弊害を招来する可能性がある一方、その必要性については、被害者救済の観点からも独禁法のエンフォースメント強化の観点からも、十分な検討が行なわれているとは言えない。また、差止請求権制度が円滑に機能するための基盤、差止請求権導入を求める世論の現状に関しても、疑問がある。

      1. 被害者救済の観点
        現行制度によっては、十分な救済がなされず、差止請求権の導入によってはじめて救済が得られる被害者とは何かについて、現行の申告制度(独禁法第45条)や損害賠償請求訴訟との関係で、十分実証的な検討がなされていない。
        申告制度に関しては、申告がなされかつ独禁法違反の事実がある場合で、被害者の救済が図られないケースは、社会的資源の有効活用の観点から行政として取り組むに値しないと公取委が判断する場合等であると考えられる。現行の申告制度の下におけるこうしたケースについて実証的な調査が行なわれていない。
        また、損害賠償請求訴訟については、裁判が終了している事案36件について、請求棄却15件、訴え取下げ等7件、和解成立8件、請求認容(一部認容を含む)6件という現状にあるが、具体的に、独禁法違反行為に基づいて請求が認容された件数がどれほどあるのか明示されておらず、公取委による運用より民事的救済の方が有効であったケースが明らかでない。
        さらに、損害賠償請求が認められたケースにおいて、当該損害賠償命令では被害者の救済が十分でなかった事案がどの程度あり、そのうち、差止請求権があれば被害者の救済が十分になされる事案がどの程度あるのか検討されていない。
        仮に、具体的に救済が必要な被害者が存在するとしても、新たな制度を導入するよりも、現行制度の活用・改善の余地を検討することが、費用対効果の観点から有益であるが、現行の申告制度の改善(不服申立制度を整備する)等についての検討がなされていない。

      2. 独禁法のエンフォースメント強化の観点
        報告書は、差止請求権の導入により、独禁法違反行為に対する抑止的効果が期待できるとしている。しかし、公取委の体制強化や事業者側における独禁法遵守体制の整備といった取り組みが推進されている中で、なぜ、新たな制度を導入して、一層の抑止的効果を上げる必要があるのか、十分な検討がなされていない。
        公取委事務総局の定員数は、平成元年度の461人が平成10年度には552人(20%増)となっており、予算額も平成元年度の35.9億円が平成10年度には、56.2億円(57%増)となっている。また、公取委が実施している98年の独禁法遵守プログラムに関する調査結果によれば、72%の企業が、独禁法遵守のための取り組みを「実施している」または「実施予定」としている。さらに、「実施している」と答えた企業の内、「取り組みを強化している」と答えた企業が36%となっている。
        こうした取り組みが推進されている最中において、エンフォースメント強化策として、全く新しい制度を検討することは適当ではなく、こうした取り組みの効果を注視すべきである。その上で、独占禁止法のエンフォースメントのさらなる強化が必要であるとすれば、従来通り、公取委の機能強化、事務総局組織の拡充によって対応すべきである。

      3. 差止請求権制度が円滑に機能するための基盤
        司法制度について、その抜本的充実に向けた検討が進められつつある中で、司法に新たな負担を課すことの是非を含めた検討がなされていない。

      4. 差止請求権導入を求める世論の現状
        現時点において、国内に差止請求権を求める強い世論が存在するとは考えにくく、独り行政府ならびに行政府主導の審議会が導入を主張している印象すらある。このような状況において、立法化が推進されることには疑問がある。

    9. その他の問題点
    10. 以上の他にも、差止請求権の導入には、以下のような問題点があり、さらに慎重な検討が必要である。

      1. 不必要な企業負担への配慮

        1. 濫訴防止策
          担保提供制度がある株主代表訴訟においても、必ずしも適切な訴訟ばかりが行なわれていると言えない現状を踏まえ、担保提供制度以上に実効ある濫用防止策を講ずること。
        2. 解釈の多極化への対応
          公取委と各裁判所の法解釈の違いによって企業の負担が重くならないようにすること。

      2. 環境整備

        1. 司法機能の拡充
          適正な法曹人口の確保、独禁法を適切に運用することができる裁判官の量・質の向上等司法の機能拡充と一体として推進すること。また、裁判管轄について、解釈の多極化を防ぐため東京地裁・大阪地裁の専属管轄に限る等を検討すること。
        2. 公取委・裁判所の予算・定員の再配分
          社会資源の適切な配分との観点から、公取委の予算・定員と裁判所の予算・定員を、より適切に配分し直すこと。

      3. 損害の態様による限定
        被害者の損害の程度・質に関し、損害賠償によっては救済されないような損害が生じている場合に限ること。

      4. その他

        1. 不正競争防止法との関係の整理
          不正な競争手段に対する差止請求権を規定する不正競争防止法との関係を整理すること。
        2. 企業のリスク負担の軽減
          私人間の和解について、独禁法違反が問われないような制度の整備(例えば、不当廉売のクレームに対する和解について、価格カルテルに問われるリスクが回避できるような制度を整備すること[例:ノー・アクション・レター制度およびノー・アクション・レターに基づく行為が民事訴訟において独禁法違反とされた場合の国家への求償制度の整備])。

  3. 損害賠償制度の充実について
  4. 損害賠償制度の充実については、違法な行為によって現実に被害を受けた被害者を救済することは当然であるが、以下の点を求めたい。

    1. 立証責任の軽減に関する違反行為と損害の因果関係ならびに損害の額の推定規定は導入しないこと。

    2. 審決が確定していない場合における独禁法違反行為に係る損害賠償請求については通常の不法行為における損害賠償請求の原則通り、故意・過失を要件とすること。

    3. 独占禁止法第25条訴訟について一元的解釈を維持するため、東京高裁の専属管轄を維持すること。

以 上

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