1998年7月21日
(社)経済団体連合会
わが国経済社会は、これまでの高度成長を前提としたキャッチアップ型システムからの転換という大きな構造改革を迫られている。加えて、諸外国に例を見ない速さ、規模で、少子・高齢化が進んでいる。こうした中で、21世紀に豊かで活力ある長寿社会を実現するためには、税制改革、金融システム改革などと併せて、年金・医療・介護・福祉といった社会保障についても、国民が信頼できる透明で持続可能な制度にするための抜本改革を進める必要がある。
現在、1999年度財政再計算に向けて、社会保障制度の中でも大きな位置を占める公的年金制度の改革が議論されているが、国民年金の大量の未納者・未加入者、厚生年金の巨額の積立不足と世代間の負担の不公平など、いずれの制度も大きな問題を抱えており、これらが国民の老後に対する不安を高めている。21世紀の少子・高齢社会の中にあっても、日本経済の活力を維持し、真の弱者への対応はしっかりと行ないつつ、国民が安心して老後を送ることができるようにしなければならない。今後増加し続ける高齢者が現役として活躍できる社会システムを構築するとともに、国民の生活を将来にわたって安定させるため、一人一人の自助努力に基づく企業年金、個人年金の充実を促し、公的年金制度も抜本的に改革する必要がある。
企業年金について、当会は既に1997年12月、「企業年金制度の抜本改革を求める」を取りまとめ、公表した。そこでは、企業年金を私的年金として明確に位置づけ、受給権の確保を図りつつ、労使合意に基づく自由な制度設計、特に確定拠出型企業年金制度の導入を認め、特別法人税を撤廃するとともに、税制上の支援措置を講じるべきと主張した。
公的年金について、当会は1996年12月、「透明で持続可能な年金制度の再構築を求める」を取りまとめ、基礎年金部分は賦課方式、報酬比例部分は積立方式にして将来的には民営化、企業年金への統合等の可能性も検討するとの基本的な考え方を示した。
そこで、当会では、国民が信頼できる公的年金制度の再構築に向けた改革案を、以下の通り、取りまとめた。
厚生年金制度は、これまで給付水準を引き上げる一方、適正な保険料負担を求めてこなかった結果、厚生省の公表ベースで報酬比例部分に350兆円、厚生年金全体で490兆円にのぼる巨額の積立不足が生じている。このため、国民は将来の老後所得を確保できるかという大きな不安を抱くようになった。このような危機的状況に立ち至りながら、その情報を最近まで国民に開示せず、制度の抜本改革を怠ってきた政府の責任は極めて重い。政府としては、まずこのような巨額の積立不足が積み上がってしまった原因を国民に対して分かりやすく説明するとともに、正確な積立不足額とその計算前提・過程など詳細な積算根拠を示すべきである。
他方、現行制度が事実上の賦課方式となっているため、その保険料率は少子・高齢化という人口動態の変化に左右されやすくなっている。公的年金制度のうち厚生年金については、現行制度を維持すれば、今後の少子・高齢化の進展に伴い、保険料率は、現在の17.35%から2025年度には34.3%と約2倍にまで上昇するとの試算が示されている。因みに、前回の財政再計算時の試算では、2025年度の保険料率は29.8%であったが、わずか3年後の人口推計の改定(1997年1月)により、4%超の上昇が見込まれている。今後の人口動態の変化によっては、さらに保険料率が上昇せざるを得ないことも考えられる。将来世代がこうした過重な負担を負うことになれば、まちがいなく日本経済の活力は低下の一途を辿ることになり、その負担度合いが見通せない中で、制度に対する国民の信頼はますます失われてしまう。
また、給付と負担のバランスを見てみると、世代間の不公平が顕著である。今年2月に厚生省から出された「年金白書」では、厚生年金において、給付と事業主負担も加味した保険料負担の倍率は、近い将来に年金受給が始まる1944年生まれの人は2.21倍であるのに対して、将来世代の2004年生まれの人は0.87倍と負担に見合った給付を受けられない、との試算を示している。このように、現行制度のままでは、世代間で給付と負担のバランスがとれないため、若年世代の公的年金制度に対する不信感が高まっている。
現行の国民年金制度には、約3分の1にのぼる未納者・未加入者等が存在しており、国民皆年金は空洞化している。今後、未納者・未加入者が受給世代となるころには、無年金者が増大し、公的年金制度の目的である国民全体の生活安定の基盤が揺るぎかねない。
また、毎年の基礎年金の給付にかかる費用は、厚生年金、共済年金、国民年金からの拠出金で賄われており、各制度の拠出金は被保険者数で按分している。ところが、国民年金制度の拠出金の算定対象を、本来の「被保険者数」ではなく「保険料納付者数」と読み替えているため、未納者・未加入者等が除かれており、国民年金制度が本来負担すべき拠出金の一部を厚生年金や共済組合の加入者が負担していることになっている。その結果、基礎年金に係わる負担の不公平が生じている。
こうした問題点を解決するためには、負担の増加や給付の削減といった国民の痛みを伴うにせよ、現行制度を抜本的に改革しなければならないが、その大前提として、以下を徹底して推し進めることが求められる。
昨年12月、厚生省は、年金改革に関する「5つの選択肢」を示した。以前に比べて、広く国民に意見を求めていこうとする姿勢は評価できるものの、選択肢の計算根拠・過程の詳細が示されないなど情報開示は依然として不十分である。公的年金制度の改革を進めるには、国民の理解と支持が不可欠であり、厚生省は、各種試算の方法を明確に示し、出生率や経済成長率などの基礎率を実態に近い水準に設定した場合のシミュレーションなど詳細なデータを開示し、国民の意見に耳を傾けるとともに、年金審議会における審議内容を即時に公開するなど、一層の情報公開を行なうべきである。
また、「年金白書」では、国家公務員等共済組合などの共済年金制度についてほとんど触れていない。共済年金制度についても、厚生年金同様、国民の理解と支持が不可欠であり、情報開示を徹底し、その実態を明らかにすべきである。
資産運用に関して、政府は厚生年金と国民年金を合わせて、1996年度末現在、約126兆円の積立金を保有しているが、それらは財投機関を通じ、社会資本の整備や政策金融に回っている。保険者たる政府は、資産運用をできる限り効率化し、国民の保険料負担の軽減や積立不足解消の一助として年金財政の健全化に向けて努力すべきである。現在、年金資金の資金運用部への預託義務を廃止して、自主運用することが検討されているが、政府の受託者責任を明確化し、資産運用を詳細に開示するなど情報公開を徹底することによって、運用に係わる透明性を確保し、一層の効率化を図る必要がある。
公的年金の制度運営に関しては、社会保険庁による保険料徴収コストなどの非効率性が大きな問題となっている。例えば、国民年金の事務費を保険料収入との比率で見ると、厚生年金に比べ極めて高くなっている。小さな政府を目指す観点からも、現行の事務体制を抜本的に見直して効率化を進め、徴収コストの削減を実現すべきである。
公的年金の改革に当たっては、本来公的年金が果たすべき役割とそのための給付と負担、財政方式のあり方について、国民的議論が必要と考える。その際の基本的な考え方は、次の3点である。
21世紀の高齢社会は、高齢者が現役で働いてもいる元気で活力ある社会にしなければならない。そこでは、支える層と支えられる層を年齢によって一律に区分せず、元気な高齢者は支える側に回るという発想や、国民全体の負担も極力抑制し、自助努力型社会へ移行するという視点が重要である。21世紀の高齢社会においても、公的年金制度を持続可能でかつ国民から信頼の得られる制度とするには、高い給付水準を重い負担で支えるのではなく、現役世代や将来世代の負担が過重にならないよう、国民が納得できる負担水準で相応の給付水準に適正化しなければならない。
自助努力型社会への移行の流れの中で、国民の老後所得保障を充実させていくためには、今後、公的年金はナショナルミニマムの水準を基本とし、持続可能な制度に再構築する一方、自助努力としての企業年金、個人年金を充実させていくことが不可欠である。その一環として、私的年金の選択肢を増やすという観点から、確定拠出型企業年金の導入を急ぐべきである。仮に、公的年金の保障する老後所得が縮小したとしても、公的年金にかかる個々の負担が軽くなれば、制度の安定性が確保されると同時に、私的年金としての企業年金、個人年金の充実のもとで、国民は自らの選択と責任によって老後の所得保障を確保することができるようになり、将来に対する不安感を払拭することができる。
今や社会保険料は「第二の税金」として、国民、企業にとって既に大きな負担となっており、今後の高齢化の進展に伴い、国民、企業の経済活動を著しく圧迫することが懸念される。このため、公的年金制度の改革は、社会保障制度はもちろんのこと財政改革、さらには税制改革と一体で考えることが不可欠である。その意味で、財政面では、民間でできることは可能な限り民間に委ね、高齢社会に相応しい歳出構造に転換するとともに、税制面では経済活力の維持・向上を目指して抜本的に改革する必要がある。
そうした改革を進める上で、一つのメルクマールとなるのが、国民負担率(税プラス社会保険料)であり、これを50%を大幅に下回る水準にできる限り抑制するため、公的年金にかかる税や社会保険料の上昇を極力抑えなければならない。
公的年金改革を進めるためには、上記のような基本的な考え方のもとで、基礎年金部分、報酬比例部分の位置づけを明確にした上で、それぞれの目的に合わせて財政や財源方式の見直しを行ない、財政運営を峻別することが必要である。
基礎年金部分は、国が所得再分配機能を果たし、高齢者にとって最低限の生活保障を行なうという目的に沿い、税による賦課方式に移行させるべきである。その際、国民全体で負担を分かち合うという観点、経済の活性化に対する影響などを考慮すれば、直接税よりも間接税の方が望ましい。具体的には、給付に必要となる金額を現行消費税に上乗せして徴収することが考えられる #1。
また、国民年金制度については、(1)未納者・未加入者・免除者が多数発生しているため被保険者の約3分の1が保険料を支払っていない問題、(2)専業主婦(第3号被保険者)や学生からの保険料徴収問題などが指摘されているが、間接税による賦課方式に移行すれば、こうした問題も解決する。さらには、世代間での負担と給付のアンバランスについても緩和される。
基礎年金の給付水準については、最低限の生活保障という観点から、当面、現行水準を維持する。その後は物価上昇、ナショナルミニマムの水準を勘案しつつ、基本的には引き上げていく。
#1 当初必要となる消費税率は約3.2%(厚生省試算)。 |
報酬比例部分の位置づけ
報酬比例部分は、基礎年金部分の上乗せとして、現役時代の生活水準の一定割合を確保することが目的であり、現役時代の報酬(掛金)に応じて給付を受ける自助努力型の性格の強い年金制度である。従って、本来、報酬比例部分の財政方式は積立方式を原則とすることが望ましい。
積立不足に対する政府の責任
前述したように、厚生省は1997年6月に、厚生年金の報酬比例部分に350兆円、基礎年金部分に140兆円の積立不足が存在すると公表したが、積立不足額がわが国GDPに匹敵する規模に至るまで事態を放置し、国民に対して情報開示を怠ってきた政府の責任は極めて重い。
また、この積立不足は、現行の給付水準を維持する限り、現役世代、将来世代が必ず負担しなければならない性格のものである。政府には、国民が納得のいく形でこの積立不足の問題を解決するための施策を明示する責務がある。
報酬比例部分の改革の方向
報酬比例部分の改革の方向の一つとして、現行の社会保険制度の枠組みを維持し、現役、将来世代の追加的な保険料負担により積立不足を解消しつつ、積立方式に移行し、最終的に民営化を目指すことが考えられる。
その際、現役、将来世代は、積立不足解消のための負担をしつつ、自らの年金受給のための負担をしなければならないという「二重の負担」を負うことになる。従って、特定の世代の負担が極端に重くなることのないよう、かなり長期にわたる償却期間を設定し、追加的な負担となる保険料をできる限り抑制するとともに、給付水準についても国民の納得のできる範囲で切り下げていくことはやむを得ないものと考える。
また、積立不足解消の過程で、今以上に国に年金資産が積み上がっていくことが予想される。したがって、その資産運用については、民間金融機関等に委託するとともに、徹底した情報開示、政府の受託者責任の明確化等により、透明性を十分に確保する必要がある。
次に、報酬比例部分の積立不足は国の責任で解消し、報酬比例部分を早期に積立方式に移行させることが考えられる。その方策として、例えば、
#2 報酬比例部分の給付額(月額)は、平均標準報酬月額× 給付乗率(1946年4月2日生まれ以降は7.5/1000)× 被保険者期間(月数)×物価スライド率×1/12 |
公的年金と私的年金の組み合わせによる老後の所得保障の充実
21世紀においても活力ある経済社会を実現し、同時に国民が老後の生活に安心感を持てるようにするためには、公的年金を持続可能な制度に再構築するとともに、自助努力を支援するための税制インセンティブの整備や確定拠出型企業年金の導入など企業年金、個人年金などの私的年金を充実させることが不可欠である。このような努力により、安定性を回復した公的年金と、自助努力による私的年金の組み合わせが可能となり、はじめて将来への不安感が払拭され、自らの手で老後の所得保障を図る道が広がり、明るい人生設計を描くことができる。
公的年金制度の改革と合わせて、年金税制の見直しも重要な論点である。公的年金等については、現在、拠出時は社会保険料控除等により非課税、受給時も公的年金等控除があり、その上に人的控除として老年者控除があるため、事実上非課税となっている。
年金税制は、まず、世代間の負担の公平性の観点から、公的年金等の収入だけに適用される公的年金等控除を縮減すべきである。さらに、自助努力による私的年金の充実などの観点から、拠出時・運用時非課税、受給時課税を徹底する必要がある。
1998年4月より、雇用保険法による給付と厚生年金との併給調整が行なわれることになった。今後、少子・高齢化の進展する中で、社会保障制度全体の効率化を進めていく観点から、年金給付とその他の社会保障給付との間でも併給調整措置を講じる必要がある。
前述したように、われわれは公的年金制度を抜本的に改革するため、基礎年金部分を間接税方式に、報酬比例部分を積立方式に移行すべきと考えるが、仮に現行制度を前提とした場合、厚生年金制度に係る課題としてその他以下の論点がある。
第3号被保険者問題と遺族年金制度の改善
基礎年金を間接税方式とすれば、専業主婦(第3号被保険者)の保険料負担問題についての議論の余地はなくなる。そもそもこの問題は、年金制度を世帯単位で考えるか、個人単位で考えるかという問題であり、さらには税制のあり方にも係わってくる。また、主婦の家事労働に対する評価にも関係し、単に年金制度の問題にとどまらないため、慎重な検討を要する。
ただし、専業主婦と厚生年金に加入していた妻(就業主婦)との不公平が生じている問題として、厚生年金の遺族年金制度がある。現行制度は、就業主婦が遺族年金を受給する際に、結果として、自らの老齢厚生年金の一部または全額を放棄せざるを得ない仕組みとなっている。そこで、遺族年金を受給する際に、就業主婦が不公平な取扱いを受けないよう、自らの老齢厚生年金の全額を受給しながら、夫の遺族年金の一定割合を受給できるように制度内容を変更する必要がある。
総報酬制
現行の厚生年金については、月給を基本にした標準報酬月額をもとにして制度設計がなされている。現在、月給とボーナスの配分に中立的な制度として、年収をベースとした総報酬制への変更が提案されている。他方、ボーナスは企業業績によって大きく左右されるため、年金財政の不安定化につながるとの懸念もある。総報酬制の導入は幅広い観点から慎重に検討する必要がある。
現行の物価指数は、間接税を含めて算定しているので、年金額を物価スライドさせると、間接税の上昇分が年金額に反映されてしまう。しかし、間接税はあくまで税負担であり、国民全体で負担を分かち合うという観点からも、年金額を改定する際の物価スライドに間接税を反映させるべきでない。
日本経済の国際化に伴って、海外で勤務する日本人が増えている。現在、公的年金の国際通算協定締結に向けた政府間交渉は、ドイツに続いて、イギリスとの間で始まっている。政府は、イギリスとの交渉を早期に進めるとともに、在留邦人が最も多い米国についても、早期に交渉を開始すべきである。