太平洋地域における経済発展上の課題とわが国の役割
― 国際産業協力委員会太平洋部会報告書 ―

1995年6月30日
社団法人 経済団体連合会


≪第2編 太平洋地域に係る経済枠組み≫

GATTによる多角的自由貿易体制は、戦後の世界経済の繁栄を支えてきた。太平洋地域の各国も例外ではなく、自由貿易の利益を享受して飛躍的な経済成長を遂げつつある。
この地域において北米自由貿易協定(NAFTA)、APECなど性質の異なる複数の枠組みが存在することは自然だが、その貿易・投資ルールがGATT/WTOと整合的かつ相互補完的に機能することが求められる。

  1. GATT/WTO
    1. ウルグアイ・ラウンド合意は、(1)自由貿易の再確認と世界貿易機関(WTO)の創設、(2)貿易関連投資措置(TRIM)、サービス貿易(GATS)、知的財産権(TRIP)などの新分野の取り込みなどから高く評価されるものであり、今後は1995年1月から発足したWTOの意義を尊重し、これを十分に活用していかなくてはならない。わが国も十分な人的、財政的支援を行っていくべきである。
      なお、ポスト・ウルグアイ・ラウンドで環境問題や労働基準を取り上げる機運にある。その検討が保護主義を導くものであってはならないのは言うまでもないが、途上国においても先進国の懸念を払拭するよう自主的な努力が求められている。この点では、戦後得たわが国の知見が多くの国に役立つものと考えられる。

    2. 中国への対応
      中国の経済的影響力は急成長しつつあり、太平洋地域経済における重要な地位を占めつつある。
      1. 中国は急激に市場を拡大しており、早期にWTOに加盟することが必要である。WTOの枠組みの中で中国の貿易自由化を進め、貿易障壁を改善していくことが望ましい。また、それが中国市場への他国の参入を容易にし、同国の経済発展に貢献すると考えられる。
      2. 中国の経済発展は、わが国の経済のみならず環境、社会問題、安全保障等と密接に関連している。わが国は対中経済協力と二国間対話を推進するとともに、APECなどの国際的枠組みで関係国と対話を進めることが大切である。

  2. 北米自由貿易協定(NAFTA)
    1. 1994年1月に発効したNAFTAは、世界最大の自由貿易地域となった。自由貿易地域は、域内国間の貿易・投資を拡大することで世界的な貿易・投資自由化を促進するものであるが、一部には依然としてNAFTAの閉鎖的傾向に対し懸念の声もある。経団連では、関税、原産地規則、セーフガード措置、知的財産権、農産物などに関する問題点をとりまとめ、NAFTAのGATT審査を要請している。
    2. NAFTAには、米国を中心とした経済ブロックとの見方がある。この協定が、WTOの志向する包括的な経済政策のハーモナイゼーションを通じたグローバルな貿易・投資自由化のための重要な一歩となるには、閉鎖性を排除していくことが条件となる。
    3. NAFTAの発効によって米国、メキシコ、カナダの市場が活性化し、域外各国にも利益が均霑されることを期待する。なお、OECD加盟国は世界経済に相応の責任を有する。
    4. また、チリのNAFTA加盟協議が具体化しつつある一方で、米国とラテンアメリカ各国は経済的依存を強め、南北アメリカ首脳会議でも明らかなように、2005年までに自由貿易圏(FTAA)創設のための協議終了という方針が決定している。このような構想は、無条件MFN原則に反しないものでなければならない。

  3. APEC
    1. APECが順調に推移してきたのは、この地域における歴史、文化、宗教、言語、政治体制、経済発展の程度など、さまざまな分野における多様性を考慮し、最小限の政治的なコミットの下で極めて緩やかな経済的枠組みとして機能してきたことにある。
    2. 一方、1994年11月のインドネシア閣僚会議では、域内の貿易・投資の促進および長期的視野に立っての自由化と開発面での協力強化について今後の協力の指針が示されており、1995年のAPEC大阪会合では、自由化すべき分野、範囲、プロセス等の課題を含めた具体的方策を検討する必要がある。ただ、過去のAPEC会合の歴史に鑑みれば、いわゆる青写真づくりにおいても政府間交渉による性急な制度づくりを求めることは得策でない。特に、アジアの実情を十分考慮し、相互に相手の立場を尊重し理解する努力が前提となる。
    3. APECは、貿易・投資の自由化を進めるにあたり、EUをはじめ域外各国に対しても無条件でMFNを供与することが原則となる。条件付きMFNは、域外国からAPECが保護主義的と受け取られ、APECの旨とする開放経済連合とは相いれなくなる。
    4. APECは、文化的背景も経済発展の程度も相互に異なる多様な国・地域の集合体である。APECの円滑な発展のためには、この実情を十分に考慮しながら、規制緩和、技術移転、インフラ建設、人材育成、エネルギー、環境、電気通信、商慣行と競争政策、観光などの分野における域内協力を日本政府として積極的に進める必要がある。なお、当然のこととしてさまざまな協力面での政府間合意の実施にあたって民間への強制があってはならない。
    5. また、APECの柱の一つである貿易・投資の円滑化のために、基準・認証の国際的調和、通関手続きの国際的調和や簡素化等に政府としてリーダーシップを発揮すべきである。

  4. ASEAN自由貿易地域(AFTA)
    1. ASEAN諸国は、1992年の首脳会議においてASEAN自由貿易地域(AFTA)を2008年までの15年計画で実現することに合意し、さらに昨年の経済閣僚会議で2003年を期限とする前倒しが決定した。経済共同体の中での関係が従来から緊密であった北米や欧州とは事情が異なるため、AFTAはより緩い枠組みとなっている。
    2. 仮にAFTAが他の域内自由貿易圏のように制度的色彩を強める場合には、GATT/WTOに基づく多角的自由貿易体制に整合すべきことはもちろん、APECの発展の妨げとなるものであってはならない。
    3. なお、東アジア経済会議(EAEC)構想については、排他的な枠組みとならぬよう、関係国の相互理解を促しつつわが国としての対応を慎重に考える必要がある。

  5. 国際通貨体制と円の国際化
    1. 国際通貨体制
      貿易体制と通貨体制は世界経済の車の両輪である。WTOの発足を機に、改めて通貨安定のための各国間の政策協調や合意作りに向けて努力することが有益である。
      国際通貨体制としては、当面ドルを基軸通貨とする体制が継続していかざるを得ない情勢にある。しかし、為替相場の乱高下は国際経済の安定的発展を阻害する。為替水準の決定要因として貿易収支よりも資本取引の比重が高まってきた現在、相場の安定を図るためには主要国のマクロ政策の協調が重要である。これには、膨大な財政赤字の削減など基軸通貨国たる米国経済の健全化が前提となる。
      なお、単一通貨を指向する欧州において、当局が為替市場の圧力に抗しきれず制度変更を迫られたことは記憶に新しい。また、貿易の制度的枠組みですら、性急な導入が軋轢を生むことも考えられる。太平洋地域の健全な発展のためには、こうした点を十分に配慮しなければならない。

    2. 東アジアの通貨体制
      東アジア各国の多くが現在まで自国通貨をドルにリンクさせているが、NIEsの経験から明らかなように、成長過程における対米経常収支黒字の拡大に伴い通貨の切上げを余儀なくされる事態が起こりうる。発展段階からして当面完全な変動相場制には移行しえないにしても、切上げがもたらす内外におけるマイナスの影響を小さくする上でも、たとえば、円をはじめとするドル以外の通貨建て公的準備比率、取引通貨比率の引き上げなど予防的な措置を検討しておく必要がある。


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