[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

「電子登録債権法制に関する中間試案」へのコメント

2006年8月31日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会企画部会

1.はじめに

ITの活用が広がる中、電子登録債権法制の整備には基本的に賛成である。盗難リスクや二重譲渡リスクといった、手形と指名債権譲渡両方の課題を克服し、さらに今後より多くのビジネスモデルでの利用が期待される新しい制度には大きなメリットがあり、その普及につながるような法制の全般的な整備を望むものである。手形や指名債権譲渡と並立する制度である以上は、多様なビジネスモデルに柔軟に対応しつつ、低いコスト・高い法的安定性を備えた利用者にとって魅力ある電子登録債権法制とすることが重要である。
さらに、本法制がより魅力あるものとなるには、管理機関の担い手がより広く認められることが望まれる。取引の安全性を確保した者であれば、管理機関としての資格要件について、送金手続などの過度な制約が課されないよう、十分な配慮が必要であると考えられる。特に、多様化する新たなビジネスモデルの普及促進という観点からは、特定の者に管理機関が限定されることのないよう配慮が必要である。また、本法制および監督規制の運用如何によって現行の電子商取引制度等への制約が生じないよう、十分な配慮が必要である。
以下では、「電子登録債権法制に関する中間試案」のうち、制度の利用者であり、また制度の担い手となりうる産業界にとって特に影響がある論点を中心に、実務の観点からコメントする。

2.個別論点へのコメント

「電子登録債権法制に関する中間試案」のうち、複数の案が掲げられている論点以外については、その内容に賛成である。
また、複数の案が掲げられている論点のうち、産業界にとって特に影響がある論点について、以下のとおりコメントする。

P1 2(1) 電子登録債権の発生・譲渡等の要件等としての意思表示

4つの案が示されているが、制度の信頼性・法的安定性及び既存の法制度との関係性に留意しつつ、利用者・管理機関の利便性に優れた仕組みとなることが望ましい。

P6 (5) 不実の登録についての管理機関の責任、
(6) 申請権限のない者の申請に基づき登録をした管理機関の責任

いずれも、管理機関に無過失責任を負わせる案には反対する。
「無過失責任」は、民法の大原則である「過失責任主義」を大きく変更するものであり、これを認めるには然るべき合理性と広い社会的なコンセンサス(並びに危険を分散する社会的な仕組み)が必要と考えられる。現在のところ、このような過度の責任を認めることには疑問がある。
また、たとえば会社法現代化においても、取締役に無過失責任を負わせる規定が原則廃止されたように、無過失責任を法の現実的な適用を踏まえずに採用することは、余りに過酷な責任を課することとなる恐れが大きい。さらに、仮に管理機関に無過失責任を負わせることとすると、管理機関はシステムのセキュリティーレベルを過度に上げると共に、その危険を制度の利用者に対して手数料の形で転嫁するおそれがあり、そのようなことになると利用の促進が阻害されてしまい、不適当である。
したがって、管理機関が無過失であることを立証すれば責任を免れる余地を残しておくことが適当であることから、管理機関の過失を推定し証明責任を負担させる案が望ましい。
なお、経済産業省の「電子商取引等に関する準則」P15以下においては、本人確認の方式の事前合意がある場合(IDとパスワードによる確認等)、一定のセキュリティーを備えておけば、所定の本人確認を経たにもかかわらず「なりすまし」や「無権代理」が発生しても、法律効果を本人に帰属させることができると解されている。したがって、一律に管理機関に危険を負担させる無過失責任とすることは、このような考え方とのバランスを欠くと思われる。

P9 <7> 善意取得及び人的抗弁の切断に関する事項

(注:原文は丸付き数字の7)

A案に賛成である。
補足説明P39にもあるように、このような電子登録債権も認めることで、流通を前提とせず決済機能に特化した債権等への活用の余地が広がり、制度の利用が促進されると考えられる。

P11 電子登録債権の自由譲渡性

B案に賛成である。
現在多数の企業が譲渡禁止特約のメリットを享受しているにもかかわらず、仮にA案を採用してしまい、全面的な譲渡禁止特約をすることができないこととなると、これらの企業は電子登録債権制度を利用せず、制度の参加者が著しく少なくなるものと思われる。一方、B案を採用すれば、譲渡禁止特約を利用したくない者は、譲渡禁止特約を業務規程上認めない管理機関を利用し、譲渡禁止特約を利用したい者はそれ以外の管理機関を利用すること等により、制度上並存することが可能になる。
なお、指名債権に譲渡禁止特約が付されていることから債権を利用した資金調達に弊害が生じているとの指摘がなされているが、債務者は個別の事案ごとに、適切な債権者であれば債権譲渡には可能な限り応じているのが実務である。補足説明P44にあるように、好ましくない者を債権者にしたくないという債務者の正当な利益を保護すべきである。

P14 (5) 支払期日後の譲渡登録

B案に賛成である。
補足説明P53にあるように、支払期日後に電子登録債権を譲り受けようとする者は、より慎重であるべきで、善意取得及び人的抗弁の切断の恩恵を与える必要はない。

P15 支払免責

A案の「悪意」という文言を「害意」等に変更し、明確化を図るべきである。
補足説明P56によれば、A案にいう悪意とは「手形法40条3項に関する判例・通説」によるとのことであり、登録されている者が無権利者であることを容易かつ確実に立証しうる証拠方法があることを知っていることを意味するとの趣旨であると思われる(いわゆる「害意」)。しかし、「悪意」という文言は、「債権を有しないことを単に知っていたこと」と広く解釈されることが通常と考えられることから、あえて電子登録債権法という新しい法律の立法時に、手形法の例外的な解釈によることは好ましくない。
手形とは異なり、電子登録債権における支払は一般に口座振替等電子的に行うのが原則であると考えられるため、一般的な意味による「悪意」と解釈されてしまうと、主観的な要素(たとえば本店所在地に支払期日直前に登録されている者が無権利者である旨の通知があった)に応じ即座に何者に支払うべきかを判断し、必要に応じ支払を差し止めることが要求されるが、このようなことは実務的に困難であると予測される。
したがって、現状のA案では、「悪意」の解釈いかんによっては、債務者に困難な調査または二重払いもしくは遅延損害金のリスクを課すことになり、本来電子登録債権が有すべき支払の安全性を大きく害する解釈がなされるおそれがある。
他方、電子登録債権においては、手形と異なり、登録がされているにもかかわらず、無権利であることが容易かつ確実に立証しうる証拠方法があるという事態はほとんど考えにくいのではないかと思われ、一般的には主観的要素を考慮しないB案でもよいと考えられるが、特別な場合について配慮する観点から、A案により害意又は重大な過失を規定しておくことが妥当と考える。
なお、P13〜14の人的抗弁の切断の例外についても、補足説明P57にあるように、上記と同様の考え方から、A案を支持する。

以上

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