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「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」報告書案に関する意見

2006年8月22日
(社)日本経済団体連合会
情報通信委員会
通信・放送政策部会

1.総論

〜「第1章IP化の進展に伴う競争環境の変化と競争ルール見直しの必要性(P.6〜10)」について〜

ブロードバンド・サービスの急速な普及、デジタル化等の技術革新を背景に、今やIPによるコンテンツの伝送・利活用が広く社会に浸透しており、本格的な情報化革命ともいうべきIP時代が到来しつつある。
IP化により、通信・放送市場は、物理網、伝送サービス、プラットフォーム、アプリケーション・コンテンツ、端末といった各レイヤーの水平的統合型のビジネスモデルと、各レイヤーを跨ぐ垂直統合型のビジネスモデルが並存する形で展開すると考えられる。
このような大きなパラダイム・シフトの中で、わが国がブロードバンド・サービスなどの分野で世界のフロントランナーの地位を維持するとともに、国際競争力を強化し、絶え間なくイノベーションが創出されるようにする必要がある。そのためには、料金の低廉化はもとより、サービスの多様化、安定的な品質の確保など、ユーザーがIPを利活用する上でのニーズを十分に踏まえ、世界に先駆けてIP時代の新たな通信・放送政策を確立することが喫緊の課題である。
かかる状況の下、総務省の標記懇談会が、報告書案において、IP化の進展による競争環境の変化を適切に踏まえた上で、競争ルールの見直しの必要性を指摘するとともに、2010年代初頭を念頭に、具体的な政策案とルール整備までのロードマップを提示し、広く意見を募集したこと、また透明なプロセスの下で懇談会が開催されたことを高く評価したい。今後は、IP化がもたらす市場や社会経済システムの構造変化を踏まえつつ、目指すべき社会の姿を描いた上で、報告書の最終的なとりまとめや具体的な競争ルールの整備等に取り組むことが期待される。
IP時代における通信・放送政策のあり方については、日本経団連においても、通信・放送政策部会を中心に検討を進めてきており、以下、利用者利益を最大化するという観点から、懇談会報告書案に対しコメントする。

2.各論

(1) 「第2章 IP化の進展に対応した競争政策に関する基本的考え方(P.11〜14)」について

報告書案では、IP化の進展に対応した競争ルールの運用原則として、通信レイヤーにおける公正競争の確保、垂直統合型ビジネスモデルに対応した公正競争の確保、競争中立性・技術中立性の確保、利用者利益の保護、競争ルールの柔軟性・透明性・整合性の確保の5項目に整理している。当会においても、競争ルールの再設計にあたっては、同様の視点からの取り組みが重要であるとしたところであり、いずれの内容も妥当であるといえる。
ただし、今回の報告書案は、2010年代初頭をマイルストーンに置いた上で、レイヤー型競争モデルを活用しつつ、ブロードバンド市場全体の視点から、競争ルールのあり方の見直しを指摘しているものの、従前の市場構造を前提とした形での過渡期の競争ルールの整備に重点が置かれており、通信・放送を包含した抜本的な法体系の見直しについて、明確な検討の方向性は示されていない。「第7章 競争促進プログラムの策定に向けて」においても、通信と放送に関する総合的な法体系については、早急に検討に着手するとの指摘にとどまっており、他の措置と同様に、結論に至るまでのプロセスや時期を明確に示すことが必要である。
上記1.総論で述べたとおり、IP化の進展によって、通信・放送市場は、多様なビジネスモデルが並存する形で展開し、地上波デジタル放送における同時再送信の手段としてのIPマルチキャストの本格的な普及とあいまって、通信と放送の垣根を越えた取り組みが多く出現するなど、その構造の多様化・高度化が進むと考えられている。一方、現行の通信・放送に関わる法体系は、事業・メディア毎に分かれた数多くの法律により構成され、従来型の通信・放送事業者のみを想定したものとなっており、従来の枠組みのままでは、新たなビジネスの芽も摘み取られてしまいかねない。
したがって、利用者利益の最大化とともに、市場の健全な発展を促すためにも、世界に先駆けて、IP時代にふさわしい、通信・放送を包含した新たな政策・法体系の青写真を示し、2010年からの施行を前提としたロードマップに従い、可能なところから、早急に検討に着手すべきである。この場合の枠組みは、(a)現行の事業やメディア毎の法制度を統合するとともに、ネットワークは通信・放送共通の枠組みとし、コンテンツは原則自由で民間の自己規律に委ねる、(b) 原則、事業者の自由な事業活動を可能とするが、競争政策の適用対象となるレイヤーや市場の定義を明確にした上で、市場支配力を有する事業者による競争阻害・制限行為が排除されるようにする、という方向を目指すべきである。

(2) 「第3章 今後の接続政策のあり方(P.15〜62)」について

IP化が進展する中、サービスの普及と市場の活性化を図るためには、サービス競争と設備競争の二本柱による競争促進を図るべきと考える。
サービス競争を促進する上では、従前と同様に、ボトルネック性を有すると判断されたネットワーク要素・設備・機能について、ボトルネック性が解消されるまでの間、最小限の明確なルールを適用すべきである。一方、設備競争を促進する観点からは、代替技術・サービスの創出、普及に向けた環境整備、さらにはWiMax等の無線通信や電力線通信などの新しい技術の推進などが考えられる。
この点、報告書案では、「1.設備競争とサービス競争の適正なバランス」において、その必要性を示すとともに、「2.接続政策に関する基本的視点」において、ボトルネック設備のオープン化の必要性を指摘しており、取り組むべき方向性としては妥当である。なお、ルールの整備にあたっては、新たな設備投資へのインセンティブを殺ぐことのないように、留意すべきと考える。

(3) 「第5章 ネットワークの中立性の確保の在り方(P.71〜82)」について

レイヤー型ビジネスモデルへの移行により、ユーザーは情報伝送路の選択を通じて、自由にコンテンツやアプリケーションを利用するようになる中、いわゆる「ネットワークの中立性確保」のあり方については、ユーザーが適正な価格により、多様なサービスを享受可能とする観点から、検討されるべきである。
その際、特定のレイヤーにおける市場支配力が隣接、関連レイヤーに及び、競争を阻害することのないようにすべきである。特に、物理網・伝送サービスレイヤーである情報伝送路は、全てのレイヤーにとって不可欠であり、差別的な取り扱いのないよう、常に競争状況をモニターすべきである。
なお、映像など大容量のデータ流通に伴うネットワーク拡充のコスト負担の問題については、利用者に負担が安易に転嫁されないよう、適切な負担のあり方についても検討すべきである。

(4) 「第6章 その他の検討すべき政策課題(P.83〜95)」および補論(P.117〜135)について

報告書案では、ブロードバンド・サービスへのアクセスについて、地域間格差なく誰もが利用可能な条件で享受できる社会を確保するという「ユニバーサルアクセス」の概念を含めて検討するとしているが、いたずらに負担が増大することのないよう、慎重に検討すべきである。
その際、ユニバーサルサービス制度については、昨今の急速な技術革新、市場環境の変化を踏まえ、受益者の対象範囲を含めて精査するなど、既存の基金制度を超えて、原点に立ち戻る形で制度自体の抜本的な見直しを行なうべきである。
なお、ルール型行政の推進を図り、透明な手続きにより新たな競争ルールを構築していく前提として、従前の施策に対する適正な評価が不可欠である。この点、補論において、これまでの競争政策の検証がなされているが、こうした検証・評価を継続し、競争ルールの整備に関するPDCAサイクルを確立することが重要であり、今後、情報通信審議会に競争促進プログラムの進捗状況の報告などが、納得性、予見性の高いルール作りの端緒となることを期待する。

(5) その他重要な施策について〜独立規制機関の設置〜

多様な主体の活躍が期待されるIP時代の通信・放送市場において、利用者利益を確保するためには、公正・中立的な立場から、市場の競争状況に応じたルールを策定、執行するとともに、競争状況を監視し、迅速に紛争を処理する機能を強化することが極めて重要になる。特に、通信・放送の法体系の抜本的な見直しをする上では、競争政策の実施主体のあり方についても、一体的に検討し、改革の方向性を示す必要がある。
わが国では、通信・放送分野の競争政策の策定、執行、監視は、従来型の事業・サービス区分を前提としながら、事業者間調整に特化しており、しかも規制と産業振興部門が省庁内で一体となっている。多様な主体が登場するレイヤー型構造の時代に馴染むものではなく、規制が政策的配慮によって歪められる恐れも否定できない。
米国、英国等においては、このような機能は、産業振興部門から独立した中立的な機関が担っている。特に、英国のOfcom(情報通信庁)は、貿易産業省の産業振興部門とは独立した中立的な立場から、通信・放送の競争ルールの策定、執行、紛争処理などを実施しており、結果的に利用者利益の向上に大きく寄与していると評価されている。第6章では、「2.紛争処理機能の強化」や、「5.行政に求められる事項」として競争ルールの透明性の確保が指摘されているが、これにとどまらず、通信・放送に関する独立規制機関の設置についても盛り込むべきである。

以上

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