2005年8月31日 (社)日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会 |
信託制度は、内部の意思決定の仕組み、受益者の権利、受託者の権限行使等について柔軟性が確保されていること、委託者および受益者の倒産からの隔離機能を有すること、設定が簡易でコストが低いことなどの特徴を有しており、近年、資産流動化、知的財産権をはじめ、信託の活用の場が拡大している。また、信託を用いた事業活動への関心も高まりつつある。
こうした中で、法制審議会信託法部会が、大正11年(1922年)制定以後、実質的な改正がなされていない信託法について、社会・経済活動の多様化、高度化をふまえて抜本改正の検討を進めていることは時宜を得たものである。
今般、「信託法改正要綱試案」が公表されたが、(1)過度な規制の見直しと当事者自治の尊重、(2)受益者の権利行使にかかるルールの合理化、(3)多様な信託利用のための制度整備の観点からまとめられており、基本的に賛成である。今後、信託法改正ならびに関連法制度の見直し等により、信託制度の利便性がより一層高まるとともに、株式会社、合同会社等の各種の会社、各種の組合、各種の法人などとの間で、制度間競争が活発に行われ、わが国経済社会の発展、国民の生活水準の向上等につながることを期待する。
以下においては、「信託法改正要綱試案」に対する産業界の基本的な考え方を述べる。
法務省
「信託法改正要綱試案」に関する意見募集
http://www.moj.go.jp/PUBLIC/MINJI60/pub_minji60.html
公表された試案においては、多様な信託利用ニーズへの柔軟かつ機動的な対応を可能とするとともに、経済社会の変化等をふまえて、債権者保護や受託者の責任・行為に係る規定の合理化、受益者多数の場合に関する規定の整備、担保権信託の導入、詐害信託取消権の適正化、信託の変更や併合・分割に関する規定の導入、信託受益権の有価証券化などが取り上げられており、基本的に賛成である。
信託法改正に当たっては、仮に、制度の濫用の懸念について検討の必要がある場合であっても、「濫用の危険があるから新しい措置を設けない」という姿勢ではなく、そのための防止措置を如何に設けるかという観点から検討すべきである。昨今の会社法を始めとする民事基本法制の抜本的な改正と同様、国民の様々な創意工夫が可能になるよう柔軟性を有した制度とすべきである。
かかる観点から、例えば、試案では方向性が打ち出されていない有限責任信託ならびに信託宣言については、実現の方向で検討すべきである。
信託法改正に併せて、信託業法の改正や所要の公示制度・会計制度・税制の整備など関連法制度の見直しを行うべきである。
以下においては、産業界における期待の大きな有限責任信託ならびに信託宣言についてコメントする。
一定の債権者保護のための措置を前提に、受託者の有限責任性を原則とする有限責任信託(仮称)を解禁すべきである。
民間ビジネスの現場においては、債権債務関係については、出資者・所有者の有限責任性を確保しつつ、内部関係者間の意思決定プロセスなどについては柔軟性を持つ組織により、事業を実施したり、投資したりするニーズが高まっている。有限責任信託は、このようなニーズを満たすものである。これにより、取引コストの削減や法的安定性の向上が図られ、取引の活性化に資すると考えられる。また、無限責任とした場合に比べ、より幅広い人材から受託者を登用することが可能となる。現行制度では、如何に特殊な能力を有している者であっても、無限責任を負いたくないために資産の引受けをすることができないのが実情である。有限責任信託は、特殊な能力を有しているが資産を有していない者と、資産を有している者との組み合わせを可能とするために、必要不可欠な制度である。米国では30以上の州において有限責任信託が認められている。
会社と異なり、信託の場合は、その設定が容易であり、また、機関設計や受益権の設計も柔軟である。また、所有と管理(所有と経営)の一致を基本としている有限責任事業組合や合同会社に対して、有限責任信託の場合は、実質的な所有者である受益者から、実質的な管理者である受託者が独立していることに特徴があり、事業体の受け皿を多様化することとなる。現行法では、受託者は第三者に対し、原則として固有財産でも責任を負うとされている(無限責任)。解釈上、信託財産に責任を限定する特約は有効とされてきたが、事業として信託を活用するには、適切な債権者保護を図った上で、新たな法的類型として有限責任信託が認められることが望ましい。
有限責任信託が認められると、ビジネスニーズに応じ、創意工夫によって、様々な事業や投資のために活用していく可能性が開けることが期待できる。
従来から、再信託(自らを受託者とする、他の信託の信託財産を対象とした信託)が行われているが、今後、基本的に、自由な信託宣言(委託者と受託者が同一である信託の設定)を認める必要がある。弊害防止の仕組みについては、民事法制、刑事法制を含む総合的な観点から検討を行うべきである。
信託宣言が認められると、ビジネス面でも様々な活用が期待できる上、国民の生活の安定、向上にも資する。
信託宣言に関する懸念については、総合的な観点から議論を行うべきである。例えば、執行免脱の危険性は、他の手法でも起こりうる問題であり、また、占有の他者への移転等の財産隠匿の手法と比較して信託宣言が利用されやすいとは考えにくい。執行免脱の防止については、虚偽表示(民法第94条第1項)による当該信託設定の無効の主張、詐害信託取消権(要綱試案第3)、あるいは強制執行妨害罪(刑法96条の2)、司法制度改革による司法アクセスの容易化などを含め、抑止力が十分か否かという観点から検討すべきである。また、受託者に対する監督機能の低下という懸念についても、現在実務で行われている再信託において受託者の固有財産の資力が十分ではない場合や、委託者と受託者の合併等の場合に生じうるが、従来から問題視されておらず、信託宣言だけを取りあげるのは適切ではない。