2000年4月の介護保険法の施行後、約4年が経過した。介護保険は、利用者からの一定の評価もあり、制度として定着しつつある。
しかしながら、制度創設時の課題以外にも、予想を上回る介護費用の増大に伴う保険財政の悪化などいくつかの問題点が明らかになってきている。いずれの問題も、介護保険制度改革を早急に断行しなければならない要因であるといえる。
介護保険制度の改革にあたっては、高齢化のさらなる進展を展望した場合、年金、医療制度など社会保障制度全体として一体的に進め、経済・社会の活力を殺ぐことがないようにする必要がある。税制、財政もパッケージにした改革を示すことで、国民の制度に対する信頼感を取り戻すことが不可欠である。
この意見書では、介護保険制度の改革について日本経団連の考え方を示す。
利用者の視点に立った、介護サービスの選択や、公平・適正化を促す仕組みなどは高く評価できるものであり、最大限に活用すべきである。
介護保険制度の持続可能性を考えれば、放置しておくことが許されない問題点を整理すると次のとおりである。
「基本方針2003」に示された「将来的にも潜在的国民負担率を50%程度にする」との考え方のもと、限られた財源を有効に活用していくには、公的な社会保障制度は、自助努力によっても賄いきれない生活上のリスクを分担する仕組みと位置付けて、基礎的な部分に対する給付に限るべきである。経済活力の維持・向上がない限り、社会保障制度の持続可能性は担保されないことから、現役及び将来の世代の負担を過重にしないという視点を重視する必要がある。
介護保険制度の改革については、加齢に伴う要介護状態の改善という制度創設の趣旨を堅持しつつ、次のような基本的な考え方に基づき進めるべきである。
上記の改革の理念及び基本的な考え方に基づき、制度の骨格については次のように改めるべきである。
介護保険制度からの給付は、真に必要な人への適切なサービスに限定すべきであり、実践経験・研究成果などに基づき、常に見直していくことが求められる。
また、介護予防の観点からは、高血圧、高脂血症、糖尿病など、現役時代の生活習慣病への取組みとの連携を図るなど、高齢者自身が継続した健康増進に努めることが必要である。高齢者の自立した生活の中で、生きがいなど活躍の場を見つけることについては、ボランティア活動で支援することが望まれる。
介護サービスの重点化
要支援者及び軽度の要介護者の場合、自立や、施設生活から在宅生活への移行に向けて、介護サービスは、利用者の生活機能・能力の回復、心身の状態の改善に資するものに重点化する。人は「立たなければ立てなくなる、歩かなければ歩けなくなる」のであって、要支援者及び軽度の要介護者に対しては、介護サービスを利用して、自助努力による生活の質の向上をめざすことが求められる。
介護予防は、効果として、要介護状態の防止・軽減に役立つものでなければならない。したがって、介護予防については、要支援者及び軽度の要介護者に対する介護給付をスクラップ・アンド・ビルドする形で、本人の自助努力を支援する仕組みにする必要がある。その際には、検証を踏まえて、介護予防・地域支え合い事業など、地域の特性に合わせた各事業を総合的に活用していくことが重要である。
重度の要介護者の場合においても、施設サービス利用から在宅サービス利用(特定施設やグループホームを含む)へ移行できるように、また、在宅で可能な限り生活が続けられるように、介護サービスを整備すべきである。
また、特別養護老人ホーム入所に際しては、要介護度、家族状況などを勘案して入所の優先度合いを判断する必要があり、新規の入所者については、在宅サービスの整備状況を踏まえ、現行の要介護1以上という基準を引き上げて重度の要介護者に限るべきである。
保険外サービスの充実
利用者の自由な選択によるサービス提供を基本にして、保険外の介護サービスを充実させる必要がある。その際、保険給付対象サービスに合わせて付加的に提供した価値分については、利用者からの対価徴収が可能な制度とすべきである。
いわゆる社会的入院・入所の是正
高齢者医療制度との適切な連携の下で、いわゆる社会的入院・入所の是正が求められる。社会的入院については、療養病床から介護施設への移行を進め、適正なケアや報酬の設計でサービスの質の向上と給付の効率化を図るべきである。
高齢社会の進展を踏まえると、高齢者同士の負担の分かち合いという視点からも、高齢者自身に応分の負担を求めていく必要がある。
施設入所者の食費及び居住費の自己負担化
施設入所者の食費及び居住費については、在宅サービスの受給者とのバランスなどを考慮し、低所得者などへの一定の配慮をした上で、相当分を全額自己負担とすべきである。
利用料の適正化
介護給付に伴う自己負担割合(定率1割)は、低所得者などへの一定の配慮をした上で、受益者のコスト意識の涵養、若年者の医療保険の一部負担割合とのバランス、介護保険制度の持続可能性の観点から、引き上げる方向で検討すべきである。その際、高齢者医療制度についても介護保険制度と互いに整合性を図る必要がある。
介護保険制度の被保険者の範囲や保険料決定のあり方を検討するにあたっては、加齢に伴う要介護状態の改善という制度創設の趣旨に加えて、受益と負担の関係、負担の公平性や納得性を十分に踏まえる必要がある。
被保険者の範囲は現行を維持
被保険者の年齢基準を引き下げて、保険料負担者の枠を広げることには、次のような理由から懸念があり、極めて慎重であるべきである。
また、介護保険制度と障害者福祉施策との統合問題については、現行の支援費制度など障害者福祉施策の改革を優先すべきである。
現行の介護保険は、高齢者を主対象に、加齢に伴う要介護状態の改善のために必要なサービスを総合的に提供するシステムであり、一人ひとりの高齢者が被保険者として、必要な介護費用を自ら負担する側にも立つものである。制度創設から数年しか経っていない段階で、制度の趣旨そのものを変える状況にあるとは思えない。
受益者と負担者をできる限り一致させることを、制度設計の原則とすべきである。加齢に伴う要介護状態の改善という制度趣旨から、世代間の公平について、親の介護に係る負担軽減が期待できるという意味で受益者となり得る40歳以上の者を被保険者とする現行制度の考え方については、一定の理解ができるし納得感もある。高齢者介護を支える社会保険制度として、加齢に伴う要介護状態の改善、重度化の防止・軽減などに資する給付を行う観点から、要支援者・要介護者及び介護者の世代に負担を求めることが原則であると考える。
また、社会保障制度全体を一体的に改革する必要がある中で、個々の制度改革のたびに企業の負担を求められることについては、納得できない。
20歳代や30歳代の世代は、年金保険料が毎年引き上げられるかもしれない中で、高齢者介護の問題に直面する状況が少なく、また、本人自身が給付サービスを受けることが殆ど期待できないなど、保険料負担を求めることについて理解が得られるとは考えにくい。場合によっては、保険料の未納・滞納問題が生ずるおそれがある。
若年障害者には、就労支援、所得保障をはじめ高齢者と比べて多様なニーズがあり、現行の介護保険制度の枠組みの中で一体的・効果的に障害者福祉施策が機能するかどうか疑問である。
支援費制度が始まってわずか1年しか経っていない段階で十分な評価が行われたとはいえない。財政支出が急増したことの要因を検証すべきである。検証がないままで、財政状況が厳しい介護保険制度への統合はいかがなものか。
また、障害者福祉に必要な財源確保の観点から、介護保険と統合すべきであるとの意見も一部にみられるが、必要な財源については、まず、国と地方を合わせて徹底した行財政改革による歳出削減や若年障害者への障害者福祉施策の適正化・効率化・公平化などの方法により捻出することが必要であり、安易な財源対策は到底認められるものではない。支援費制度などの障害者福祉施策については、運用実態に地域差が存在しており、現行の施策の改革を優先すべきであると考える。
保険料の法定化
第2号被保険者の保険料は、介護給付費見込額にあわせて毎年自動的に決定され、事業主や第2号被保険者などが財政運営に対して意見などをいう機会はほとんどない。保険料の設定については、保険料負担者など関係者が関与できる仕組みを法定化すべきである。
全ての国民は、自らの生活は自らが支えることを基本に、進んで介護予防について心がけるべきであり、介護サービスの利用に際しては、自立した生活をめざして、生活機能・能力の維持・向上を図る必要がある。一方、保険者には、その機能を効果的に発揮することが求められている。
保険者機能が十分に発揮されるには、(1)保険者の効率化努力が保険料に反映される仕組み、(2)良質の介護サービスが安定的に提供できる適正な規模、(3)被保険者によるガバナンスが働く体制・運営などの視点が求められる。
トップランナー方式の導入
介護給付費の効率化・適正化へ積極的に取り組んでいる保険者を目標として、すべての保険者が効率化などに取り組むトップランナー方式の考え方を導入する必要がある。例えば、認定率の地域格差については、認定率の全国平均など数値目標を掲げてその是正に取り組むことが求められる。
そのためには、2004年2月より稼働している、国保連合会の介護給付適正化システムを有効活用し、効率化の取組み事例など情報を共有化すべきである。
保険者機能の強化
現在の市町村による運営は、保険者機能の発揮という観点から不十分な点がある。例えば、要支援認定・要介護認定の申請・更新に伴い指定事業者などへ委託された訪問調査や提供された給付サービスなどの事後チェック、施設・事業所に対する指導・勧告及び都道府県による事業所指定・取消しへの意見反映など、本来実行すべき機能の強化がまず求められる。
とくに、要支援者及び要介護者が介護サービスを適切に選択するには、施設・事業所に対する第三者評価の拡充と情報公開の促進が不可欠である。
保険者の規模見直し
保険者は現行どおり地域保険とし、その規模は、a)保険者機能が発揮できる、b)保険運営が効率的に行える、c)財政責任と運営責任を一致させるという観点から見直すべきである。
国民健康保険における保険者の在り方についての議論も踏まえつつ、例えば、スケールメリットが享受できるよう、中核的な都市を中心に周辺の市町村がまとまるという選択肢があってもよいと考える。
公費・介護給付費交付金の配分方法見直し
個々の保険者の介護給付費効率化に対する取り組みが異なる状況下では、保険者の効率化努力を促すために、公費及び介護給付費交付金の配分方法を工夫する必要がある。例えば、この公費などの配分のうち一定割合を、年齢別の平均介護費用に被保険者数を乗じた額で配分することにすれば、保険者としてそれを超える高額給付費部分を適正化するよう、努力することになるのではないか。
痴呆性高齢者のケア充実
要介護者全体のおよそ2人に1人は、何らかの介護・支援を必要とする痴呆性高齢者であるという推計があり、2025年には320万人を超えると予測されている。痴呆性高齢者のケアをどう確立していくかは重要な課題であり、環境の変化への適応力低下を考えれば、在宅で可能な限り生活が続けられるように、小規模・多機能サービスの拠点整備、ユニットケアの普及などの施策を進めるべきである。
年金との調整
介護給付については、年金給付と趣旨が重複する面があるので調整を図る必要がある。
特別徴収の対象拡大
徴収漏れの防止や徴収費用の軽減などの観点から、遺族年金の受給者についても特別徴収の対象とすべきである。
住所地特例の適用拡大
グループホーム及び特定施設(介護付き有料老人ホーム、ケアハウス)の入所者については、介護保険施設入所者に適用されている住所地特例を認めるべきである。
株式会社などの施設介護サービスへの参入促進
多様な主体が介護サービスを提供して利用者が選択するという制度趣旨を踏まえれば、構造改革特区以外でも、施設介護サービスへの株式会社などの参入促進を図るべきである。
公費の負担割合や財源の在り方について検討
公費の負担割合や財源の在り方については、現役及び将来の世代に過重な負担を強いることのないように、社会保障制度を一体的に改革する中で、消費税の活用も含めて中期的に検討する必要がある。
自己負担の方法について検討
自己負担の方法については、社会保障の公的なサービスを一体的に捉えて、死亡時の残余財産からの充当なども検討に値する。