2003年9月16日 (社)日本経済団体連合会 |
日本経団連は、市場における自由競争の徹底と企業活動の規律強化が求められる中で、自由経済の基本法である独占禁止法(独禁法)の重要性が一層増大していると認識している。昨今の報道に見られるように、一部の企業が繰り返し独禁法違反を犯している状況の中で、かかる違反行為を誘発する原因を分析し、これを除去するとともに、独禁法が厳正かつ適正に執行される法的・人的・組織的体制を整備することが喫緊の重要事であると考えている。公正取引委員会(公取委)は、平成14年の独禁法の刑事罰の上限引き上げに際しての衆議院経済産業委員会の付帯決議に沿って、独占禁止法研究会の下に「措置体系見直し検討部会」を設け、独禁法の措置体系の見直しに向けた検討を始めた。日本経団連としては、本検討会の設置を高く評価し、かねてから日本経団連としても問題意識を持っていた諸点を含めて、欧米には見られない刑事罰と課徴金の併科制度のあり方についての検討を含む独禁法の実効性の向上、公取委の調査、審判等の諸手続の適正性、透明性の確保といった抜本的な検討が基本に立ち返ってなされるものとの期待を込めて見守ってきたところである。
上述の日本経団連がかねてから抱いていた問題意識は次のとおりである。
平成3年に課徴金が引き上げられた後、不況が長期化していることに伴い、当初カルテルによる不当利得の剥奪として説明されてきた「課徴金の法的性格」が実態と乖離しており、罰金の上限が引き上げられたこととも相まって、二重処罰の禁止、罪刑の均衡といった憲法上の問題点が一層大きくなってきたことについて合理的な説明が求められている。まして課徴金の更なる引き上げや加算措置の導入を議論するのであれば、課徴金の法的性格、制裁性等に関わる憲法上の問題を避けて通ることはできないのではないか。
これまでの罰金、課徴金といった独禁法上の制裁措置の強化に加えて入札実施サイドによる指名停止、違約金制度の導入といった実質的に制裁効果のある措置が拡大しているにもかかわらずカルテル・談合が一向に減少することがないと言う立場を取り、更なる制裁の加重だけでその根絶を図るとの考えは、あまりに短絡的であり、一面的なものの見方と言わざるを得ない。違法行為の抑止の為には、制度および運用の公正さに対する信頼の確保が不可欠であり、そのためには市場環境の中に違法行為の背景となっている要素はないか(例えば、供給過剰に際して事業者の速やかな市場からの退出の障害となる日本固有の法制・慣行といった問題や、発注者である官側も関与している談合の横行やその背景にある予算執行の硬直性・政治の介入といった社会的諸問題)、といったより多面的かつ広い視野で検討し、総合的見地から効果的な対策をとるべきではないか。
準司法機関とされる公取委の審決には「実質的証拠の原則」が働き、一定の証拠に基づいて公取委が行った事実認定は審決取り消し訴訟において裁判所を拘束するとされているが、その一方で、公取委の審判手続は、検察官の役割を果たす公取委が、同時に自ら裁判官の役割を果たして審決を下すという「糾問主義」になっている。しかも審決を決定する公取委委員は、自ら審判廷に出席して証言を聞く等直接に証拠に接することがないという訴訟手続の基本原則である「直接主義」の趣旨にも反する手続になっているなど制度上の疑問点が多く、審判の基本構造の見直しが必要ではないか。
公取委の審査官、審判官は、特別の資格要件のもとに採用されたり、制度的に一定の研修を義務付けられたりすることは無く、事務局職員が通常の人事異動によって審査官になったり、審判官になったりする制度である。法曹資格者は裁判所、検察庁からの出向者、弁護士など少数はいるものの、その比率は少なく、準司法機関の人員構成としては充分とはいえないのではないか。
公取委の立入検査は、「行政調査」であり、「間接強制権限」を有するに過ぎない。しかし、実際には公取委の調査の運用実態は、あたかも「裁判所の令状」に基づいて行われる「捜索、押収類似の措置(直接強制)」のような外観を呈しており、国民に憲法の令状主義の例外であるかのような誤解を与えている疑いすらあるのではないか。
これまで刑事告発を相当とする悪質・重大な事案であっても、公取委の証拠収集能力・体制が不充分であるために告発できないケースが多々あったといわれており、処罰を受ける側に不公平感を与えている。公取委の調査体制を質的に整備、強化する必要があるのではないか。
独禁法の違反事業者には、「罰金」、「課徴金の納付」、「被害者や住民訴訟による損害賠償請求」などのさまざまな不利益が科されているが、それに加えて行政当局による「指名停止」や「補助金の停止」や「違約金の徴収」も実質的に強力な制裁として機能している。さらに、事業者の役員には、株主代表訴訟が提起されている。このように独禁法の枠を越えて、違反者に対して実質的な制裁として機能している措置がそれぞれの当局によって個々ばらばらに行われているのが実情であるが、これらの抑止効果を総合的に評価し、違反行為の実態と均衡のとれた制裁となるようにすべきではないか。また、公取委の強制調査着手や勧告があっただけで、違反の有無が法的に不確定な状態で行政当局によって一方的に不利益を科されることのないよう指名停止等と公取委の調査・処分の関係についても運用基準の見直し、是正が必要ではないか。
日本経団連としては、公取委の独禁法研究会の措置体系見直し部会から上記の諸点についても明確な検討結果が示されるものと期待していたが、公取委の公表資料から判断すると、これまでのところ措置体系見直し部会での検討結果は、
(1) | 「制裁を強化」さえすれば、独禁法違反は無くなる(若しくは大幅に減少する)との大前提に立ち、 |
(2) | 課徴金の「制裁」としての性格を否定したままで課徴金を引き上げた上で、加算制度及び減免制度(リーニエンシー制度)を導入し、 |
(3) | 上記(1)(2)の前提で一定の範囲内で手続面の是正を図る |
日本経団連としては、憲法上の疑義が払拭されることなどにより、独禁法が、わが国の法体系全体とより整合性のある法となって、国民から強い支持を得るべきであるとの観点から、これまでの見直し検討部会の議論と今後の展開の方向に憂慮し、今後の見直し検討部会において、あるべき措置体系の確立のために、現在までの検討事項に加えて、少なくとも
(1) | 課徴金の法的性格と実質的機能(刑事罰と行政罰の関係)、 |
(2) | 加算制度及び減免制度(リーニエンシー制度)導入の是非、 |
(3) | 審査・審判手続および体制のあり方、 |
(4) | 指名停止等の問題、 |
昭和52年改正による課徴金導入の際、その法的性格については、「不当利得の剥奪」であって「制裁ではない」とされ、不当利得の個別算定が容易でないことから、当時の経済実態の下での平均売上高経常利益率の2分の1である2%が課徴金の率として採用されたが、その後平成3年改正により当時の売上高営業利益率を根拠に6%に大幅に引き上げられた。しかし近年の企業の利益率の低迷等に照らすと、これは実際の不当利得の水準を越えて過大なものになっており、実質的には「制裁」としての機能を果たしているものとなっている。これにより、導入時の「制裁にはあたらない」との論拠は正当性を失い、実質的には制裁であって、従って憲法上の要請である「二重処罰禁止」に抵触する惧れもでてきている。まして、これに加算を行うとなれば、憲法違反の可能性は拭えない。
そこで、まず、課徴金の法的性格と実質的機能を整合させる必要がある。不当利得の剥奪という本来の性格を徹底させ、原則として不当利得の実質額を全額徴収すべく事件毎に個別算定を行うべきである。今日では個別算定も技術的に困難とは言えなくなっていると考えられる。一方、もし算定の簡易化のために課徴金の率を一律とする場合は、その率を経済実態に即したものに見直す必要がある。
このように、課徴金は、「不当利得の剥奪」という本来の立法趣旨に即した方向に見直されるべきと考えるが、将来の立法論としては、EU型の「制裁金」に改めるということも考えられないわけではない。ただしその場合は必然的に、行政上の制裁と刑事制裁の関係を整理することが必要となる。オプションとしては、制裁としての課徴金を科す事案においては、法人に対する刑事罰を課さない体系とするか、あるいは逆に刑事罰に一本化し、不当利得はその中で「没収」として取り上げることも考えられる。いずれにせよ、独禁法の趣旨に鑑み、悪質性・重大性に応じて社会的に納得の得られる制裁が科されるような制度設計が必要であり、同時に公取委の手続において、適正かつ透明性を有する手続的保障(デュー・プロセス)を確保すること等が必須である。
一定の要件の下に課徴金額の加算を行う制度の導入が、課徴金に「制裁」としての性格を認めない限り理論的に困難であることは自明の理であり、前記のような課徴金の法的性格の問題について充分な整理が行われ、EU型の「制裁金」が導入される場合に初めて可能となるものである。現在のような法的性格の曖昧な課徴金のままで加算制度を導入することには反対する。
法的性格が曖昧な現行課徴金のままで減免制度(リーニエンシー制度)を導入することが困難であることは、加算制度の導入の問題と同様であるほか、課徴金を減免する際には、当然に刑事告発をも行わないとする制度を仮に導入することになれば、そのような制度はわが国では例を見ないものであり、わが国の刑事法全体の体系の中でどう位置付けるのかが問題となる。こうした考え方を取り入れるかどうかは、司法制度改革の中で、刑事司法全体の見直しの一環として取り上げられるべき問題であり、これら根本的問題を見過ごしたままで独禁法にだけ先行して導入を検討する事は、刑事司法の体系全体に混乱を生じさせる惧れが強い。
また、密室でのカルテルを取り締まることの特殊性を強調して通常の刑事手続とは異なることを正当化しようとする理屈は、世の中でカルテルだけが密室犯罪であるわけでもなく、そう簡単に正当化できるものではない。ましてや、公取委の証拠収集能力・体制の不充分性を補充するために、本制度が必要というのであれば、それは本末転倒の議論と言わなければならない。
米国、欧州において、減免制度(リーニエンシー制度)が抑止効果を発揮しているとの評価があるのは事実だが、それぞれ刑事罰、行政罰との棲み分けを行い、法体系上の整合性を取った上での導入であり、効果さえあればどのような制度でもよいというわけではない。加えて、この制度はもともと米国において、国民的合意を得た司法取引という伝統的制度の上にたって採用されたものであり、その様な歴史や伝統のないわが国国民の現在の法感情、正義感からは極めて違和感があり、その導入にあたっては国民的議論の高まりの中で慎重に検討されるべきである。
減免制度(リーニエンシー制度)は、現在制度化が検討されている、自らの正義感と遵法精神に基づき所属組織等の法令違反等を告発する公益通報者(いわゆる内部通報者)の保護制度とは全くその性格を異にし、他人を出し抜いて自ら犯した違反行為の制裁減免を求めるものであり、到底同一視できるものではない。
加えて、現行独禁法の不充分な調査手続と体制の下では、減免を求めるあまり、虚偽の情報提供や調査に対する迎合的供述といった事態も危惧される。さらに行政措置である課徴金の減免のみならず本来刑事告発されるべきものを刑事罰から免ずるのであれば、その権限はどのような法理論に基づくものか、現行の刑事訴訟法が規定する告訴・告発不可分の原則との関係をどうするのか、また不起訴の約束のもとで得られた供述の証拠能力はどうなるのかなどといった数多くの疑問が残ることとなる。よって、現行制度の下での減免制度の導入には反対する。
公取委の立入検査は「行政調査」であり、「間接強制権限」を有するに過ぎないのであるが、しかし実際には、その調査の運用実態は、調査開始にあたって明確に承諾を求めることもなく、あたかも裁判所の令状に基づく「捜索・押収(直接強制)」のような形で行われ、調査権限の内容について国民に誤解を与えている。公取委は、その調査権限がどのような制約の下にあるかについて啓発に努めるべきであるとともに、実際の調査開始にあたっては、国民の権利確保のためには、自己の権限の範囲についても明確に告知すべきである。その上で、執行力強化のためにさらに強力な強制権限が必要であるか否かを検討すべきであり、それが必要であるというのであれば、米国、EU諸国の手続等も参考に、手続規定を整備することを検討すべきである。
現行の審判手続は、公取委が検察官役と裁判官役の二役を同時に演ずる「糾問主義」的手続になっており、そのこと自体が「実質的証拠の原則」など高度の司法的性格が規定されている独禁法の審判手続として適切なものであるか否かが問題である。
この問題をさておいて現行制度の枠内で考えるとしても、同じ事務総局内の行政官が、人事ローテーションの中で検察官(審査官)になったり、裁判官(審判官)になったりという配置がされていることや、審決の名義人であり、決定者である委員会は審判廷で直接的に証拠等に関与せず、事件記録と審判官の起案する審決案を通じて間接的に事案を判断すること、といった数々の問題がある。
また、違反事実の特定が不充分で漠然としていること、審決が充分な証拠に基づいていないことなど、審決の内容は被審人が納得できるものになっているとは言い難いのが実情である。その原因は、公取委の調査能力・証拠収集能力は必ずしも充分であるとはいえないことに加え、審判手続の進行が訴訟法に不慣れな審判官の指揮によって行われていることにも問題があるのではないかと考える。審判手続における適正手続の確保が重要である。
そこで、現行制度の大枠を維持するとすれば、当面の改革の方向性としては、審判官と審査官の資質を向上させるとともに独立性を高めるため、例えば、審判官、審査官を法曹資格者とし、両者間のファイアーウォールを強化するとともに、直接証拠に接する審判官の判断が尊重されるように制度を是正することが考えられる。
仮に、この方向を指向しないのであれば、逆に「実質的証拠の原則」を廃止して公取委の準司法的機能をなくし、審判を単なる行政機関の内部手続とし、審判に不服がある場合は、通常の裁判の一審に出訴することにして、事実認定は実質的に裁判所で行う方向も考えられる。
違反事業者等には、既に課徴金の納付、補助金の停止、被害者や住民訴訟による損害賠償請求、株主代表訴訟などの不利益がそれぞれ独立に賦課されている。これに加えて、談合・カルテル事案では、独禁法の排除勧告を受けた事業者が入札指名から除外される(指名停止)ことが実質的な制裁として機能している。また、違反の事実が確定していない段階で指名停止されることで、企業が回復困難な不合理な不利益を被るケースもある。さらに、課徴金納付に加えて、契約額の10%を違約金として徴収される場合には制裁の効果は一層強化されることとなる。そこで、指名停止の制裁効果と課徴金など各種の制裁措置の効果を総合的に評価して、制裁措置を設計すべきである。また、指名停止は審判確定後に行う、違反の対象となった地理的市場や製品市場に限定して行うなどの方向で指名停止の運用基準の是正を行うよう、公取委から関係各機関に対して働きかけるべきである。