[経団連] [意見書]

「民事及び商事に関する裁判管轄及び外国判決に関する条約準備草案」へのコメント

2001年1月30日
(社)経済団体連合会
  経済法規専門部会
  知的財産問題部会
  電子商取引の推進に関するWG

はじめに

経済のグローバル化が進む中で、裁判管轄等に関する国際的な統一ルールが条約という形で整備され、経済活動に必要な予見可能性が高まることは、基本的に意義のあることであり歓迎できる。ただし、現在検討の進んでいる条約草案については、支店に関する管轄、電子商取引や知的財産権等に関連した規定等は、今後の交渉如何によっては、わが国企業の国際的な経済活動の阻害要因になる懸念がある。そこで、条約交渉では、以下の諸点の実現を要望する。

1.支店に関する管轄について

 「当該支店、代理店その他の営業所の活動」に基づく管轄について、「継続的商業活動」(regular commercial activity)に基づく管轄を加えることを認めるべきではない。
 また、但し書きの「当該支店、代理店その他の営業所の活動[又は当該継続的な商業活動]に直接関連している場合に限る。」の「直接関連している(relates directly to)」との言葉については、明確かつ厳格な運用基準を設ける観点から、例えば「直接生じている(arises directly out of)」といった表現に置き換えるべきである。

[理由]
 米国においては、訴えを受けた裁判所は、当該訴訟の審理にとって不適当な法廷地であると判断したときに管轄権の行使を差し控えることができるという裁判所の裁量権を定める「不便宜法廷(forum non convenience)」法理により過剰な裁判管轄に一定の制限が課されている。しかし、州外の会社がその州に「最小限の関係(minimum contacts)」をもっていれば管轄権を認める“minimum contacts theory”や、「継続的営業活動(doing business)」に当たると認められた一定の活動があれば管轄権を認める“doing business”によって、日本には見られない過剰な管轄を認めており、米国の過大な管轄権を制限・制約することが公正な国際裁判管轄ルールの実現に必須である。

2.反トラスト法の域外適用の問題について

 条約草案第10条2項はその維持を図るべきである。なお、現状の「(特に価格維持又は独占)」との記述は、これらに限定する理由がないと思われるので、削除すべきである。

[理由]
 外国企業により内国の独禁法に抵触する行為が国外で行われた場合であっても、その被害が国内の消費者に及ぶ場合は当該外国企業に自国独禁法を適用するとの考え方がある(効果主義)。しかし、国際的な事件における管轄権は、国際礼譲の立場から、外国政府の政策などを踏まえ、幅広く各種の要因を比較衡量したうえで、決定されるべきである。条約草案第10条第2項の規定により、効果主義が無条件・一方的に適用されることに一定の歯止めがかけられることを期待したい。

3.契約、消費者契約、不法行為、支店等の規定の電子商取引への影響について

  1.  電子商取引における事業者の裁判管轄に関する予見性を確保する観点から、「仕向地国を限定している旨を明示(ディスクレーマー)し、これを遵守するための合理的な努力を行っていれば、履行地または損害発生地を根拠として、当該仕向地以外の管轄権に服しない」との考え方ならびに具体的要件等を明確化すべきである。

    [理由]
     草案では、契約締結とその履行の両方が電子的に行われるデジタルコンテンツの取引について、コンテンツの供給がどこで行われていると考えるのか(購入者の所在地が履行地になるのかどうか)明らかにされていない。また、かかる取引においては、事前に購入者の所在地を把握することが困難であり、購入者が「消費者」の場合、事前の合意管轄は認められていない(第7条第3項)ことから、デジタルコンテンツ供給者は思わぬ国で提訴される可能性がある。
     物の取引であっても、電子的に契約が締結される場合には、ディスクレーマーが明確に認められることによって、保証対象とはならない地域における補修等に係るトラブルを事前に回避することができる。

  2.  第7条第1項の規定中の「当該国に向けられた被告の営業」及び(消費者の講じる)「契約締結に必要な手段」の意味・範囲を明確化すべきである。

    [理由]
     電子商取引においては、ホームページの開設によって、事業者が全世界に向けて営業活動を行っていると解されるおそれがあり、事業者は予想外の国で訴訟に巻き込まれる可能性がある。(第7条第1項a))また、消費者の講じる「契約締結に必要な手段」(第7条第1項b))については、その意味・内容が不明確であり、予測可能性に欠ける。

4.知的財産権の管轄に関する規定の取扱いについて

  1.  登録を要する知的財産権の侵害訴訟の管轄は、登録国に限定することを原則とすべきである。ただし、訴訟経済の観点から合意管轄、応訴管轄、被告の常居所地(本社所在地)も可能とすべきである。その際、支店、併合請求、複数当事者の訴訟の条項などの適用により、上記の限定が実質的に骨抜きにならないようにすべきである。

    [理由]
     知的財産権は、各国の産業政策と密接に関係するものであり、長年、属地主義のもとで制度の構築と運用が行われてきた結果、権利が認められる範囲や、侵害の解釈が国によって相当異なっている。
     これらを異なる法廷地や司法手続きで扱うことは、訴訟当事者のみならず、権利に関する判断一般についての予測可能性や従前の判断との整合性を損なうこととなる懸念がある。加えて、インターネットの発達により、行為地や損害発生地の概念は極めて不明確であることから、法廷地に関する予測可能性も確保されないこととなる。
     上記意見で付された制限をつけずに管轄の範囲の拡張を許容すると、理論的には、日本企業がアジア各国で取得した知的財産権に基づく侵害訴訟を日本で起こせるようになるので、日本企業にとってはメリットではないかという意見がある。しかしながら、今後アジアにおける経済活動が拡大することが予想され、その競争は日本企業と他のアジア企業との間とともに、アジアを生産基地とする米国企業も包含することになると考えられる。アジアにおける市場競争の激化に伴って知的財産紛争も激しさを増していくであろうが、ここで知的財産紛争における管轄を広げるということは、日本企業がアジア各国の企業を日本で提訴する機会を増やすよりも、むしろ訴訟慣れした米国企業が、日本企業を米国において提訴したり、アジアの企業がアジアで日本の企業を訴える機会を増やすことにつながるのではないかと懸念する。したがって、このような形での管轄権のむやみな拡張は、上記のメリットを考慮したとしても避けなければならない。
     ビジネスがグローバル化する中で、まず、必要なのは、権利のハーモナイゼーションである。権利の違いを変えずに、管轄のみ広げることは、かえって予測可能性を低下させ、混乱を招くおそれが極めて強いことから、知的財産権についての裁判管轄は、登録国を原則としつつ、訴訟経済の点から、合意・応訴管轄や被告常居所地の管轄も認めるべきである。

  2.  権利の有効・無効について、侵害訴訟の前提として争われる場合であっても、登録国の専属管轄とすべきであり、こうした場合は、登録国に無効の抗弁を行う必要があると考える。無効抗弁の濫用による侵害訴訟の遅延を防止するためには、侵害訴訟を中断するための無効確認手続を合理的期間内に開始しなければならない旨の、時間的制約を課すことで対応すべきである。

    [理由]
     侵害の前提として、当事者限りといえども有効・無効を当該裁判所で争えるとすれば、実質的には、この決定が他の訴訟に影響を与え、権利の有効・無効を登録国以外で裁判されてしまうことに他ならない。上記のとおり、権利が認められる範囲や、侵害の解釈が国によって相当異なっており、また、専門的、技術的な分野であるため、外国法の調査では、正しい判断は困難と思われる。

  3.  著作権などの登録を要しない権利についても、条約案のように一般の不法行為と同様の扱いとしてその管轄を定めるのではなく、原告が侵害されていると主張する権利の所在国、合意管轄、応訴管轄、被告の常居所地の管轄とすべきである。その際、支店、併合請求、複数当事者の訴訟の条項などの適用により、上記の限定が実質的に骨抜きにならないようにすべきである。

    [理由]
     著作権などについても、インターネットの発達などにより、不法行為地を定義することが難しくなっている。また、登録を要する知的財産権と同様、属地主義によって、各国において権利範囲が異なることが少なくない。そのため、当該権利が発生している国において判断されることが妥当である。さらに、訴訟経済の点からは、合意・応訴管轄や被告常居所地の管轄も認めるべきである。

 なお、ヘーグ国際私法会議において各国間の合意が難しければ、知的財産権制度の特殊性を考慮して、WIPOにおいて準拠法とあわせて知的財産権の国際裁判管轄の検討を行うことも一案と思われる。

5.禁止される管轄原因について

 第18条3項について、第1案にしても第2案にしても、成案となった場合には、原告が締約国に常居所を有する場合に限定すべきである。

[理由]
 現在戦時中の強制労働を理由に中国人、韓国人、フィリピン人等が米国カリフォルニア州で日本企業を訴えているが、米国に常居所を有していない原告が、過剰訴訟を許す米国裁判所を利用することを許すのは不適切である。

以 上

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