経団連では、2001年4月1日より施行される消費者契約法について、わが国における立法の是非と法律の方向性の議論にあたり、1998年12月に意見書を公表し、規制緩和と自己責任原則に沿う「消費者契約法」の立法について時代の趨勢や各国の現状を勘案すれば基本的に賛成である、との立場を示した。
一方、意見書の中では、「現行問題のない取引については、新法の波及による無用の混乱を起こしてはならないものと思料する」と、立法が一般の事業活動について無用のコスト負担をかけることの無いよう求めている。
こうした観点から、経団連では消費者契約法の立法が事業者に与えた影響について検証するために、経団連会員の企業、事業者団体における本法の施行準備状況等についてアンケートおよびヒアリングによる調査を行った。
また併せて、企業,事業者団体における消費者教育への取組みと、消費生活センター等の裁判外紛争処理機関における事業者の紛争処理の経験についても調査した。
消費者契約に関わるほとんどの企業が、消費者契約法の施行にあたって何らかの対応を行っている。
具体的な対応の中身としては、消費者トラブルの未然防止のための対応が中心を占めた。
実際に契約締結過程に関わる第一線の営業・販売担当者や系列の販売会社、販売代理店等に対して、消費者契約法に関する研修・教育等を行い、周知を図ったという回答が最も多く、それに、情報提供や販売方法のあり方に関するマニュアル等を策定、あるいは改定したという回答が続いた。その他、重要事項について消費者にわかりやすく説明する資料の作成や、商品説明パンフレットの見直しなどの対応例が紹介された。
一方で、一部ではあるものの、後日の紛争発生に備え、商品のリスク等に関する情報提供や消費者の契約意思などについて、新たに確認のための書面を作成することとし、書類の保存についてのルールを定めることとしたといった対応も見られた。
[表1-1] 企業の主な取組み
1.営業員、販売員、系列販売会社等に対しての周知 | 20社 |
2.マニュアル、Q&A、ガイドライン等を策定・改定 | 17社 |
3.契約締結過程について点検したが新たな取組みの必要はなかった | 7社 |
4.消費者用の「重要事項」についての説明資料の作成 | 4社 |
4.商品説明パンフレットの見直し | 4社 |
1.消費者契約の締結過程に関わることが全くない | 11社 |
企業の取組み事例
それぞれの業種において、何が契約の重要事項にあたるかなど法律の解釈について検討・確認を行う、情報提供や販売方法についてガイドラインを策定するといった動きが見られた。
[表1-2] 事業者団体の取組み
「重要事項」等法律の解釈について検討し、当局と確認した | 4団体 |
情報提供や販売方法についてガイドライン等を策定した | 2団体 |
事業者団体の取組み事例
製造業など消費者との直接の契約がない企業、あるいは、チェーンストアなど消費者との契約にあたって契約書を使用していない企業を除き、ほとんどの企業が、自社の契約条項について消費者契約法に沿ったレビューを行っている。
調査対象の企業の中では、契約内容に何らの問題も見つからず、契約条項を改定する必要がなかったとする企業が多数を占めた。
また、契約条項の改定を行った、あるいは、予定している企業の中でも、「消費者契約法に抵触する(おそれがある)から」という理由で改定した企業だけではなく、これを機会に契約の内容をより平易・明確なものにするという理由で取組むとする企業も見られた。
1.契約内容について点検したが、改定する必要が無かった | 16社 |
2.契約内容について点検中である | 15社 |
3.契約条項の改定を既に行った | 7社 |
4.契約条項の改定を行う予定である | 1社 |
1.消費者との契約関係がない | 7社 |
2.消費者との契約にあたって契約書を使用していない | 2社 |
企業の取組み事例
業界として現行の標準約款を見直したものの問題は無かったとする団体があった一方、問題となる可能性のある条項について改定する、あるいは、消費者契約法施行を機に約款の内容をより平易・明確なものにできないか検討するといった動きがあった。
また、不当な条項についてガイドラインを策定する、各社の契約条項の見直し事例等を取りまとめたものを配布する、あるいは、新たに消費者専用の標準約款を策定する、といった事例が紹介された。
業界の標準約款について検討をおこなった | 3団体 |
事業者団体の取組み事例
従前より苦情相談窓口等を整備しており、消費者契約法の立法に伴っての新たな対応はないとする企業が多数であった。
一方で、新たな類型の消費者トラブルの増加を懸念する、あるいは、これを機に消費者対応を充実しCS(顧客満足)の向上を図る、といった観点から、消費者窓口等の新設・強化を行う、消費者からの苦情相談への対応に関するマニュアルを策定または改定するといった企業も見られた。
[表3-1] 企業の主な取組み
1.従前より苦情相談窓口等を整備しており新たな対応はない | 24社 |
2.消費者窓口等の新設・強化 | 9社 |
3.苦情相談対応マニュアル等の策定・改定 | 8社 |
4.消費者窓口等の担当者の研修・教育 | 6社 |
5.検討中 | 6社 |
企業の取組み事例
企業の対応状況と同様、従前より苦情相談窓口等を整備しているとする事業者団体が多かったが、従前より契約トラブルについては消費生活センターを紹介している、会員企業に対して苦情相談窓口の強化を要請する予定である、とする団体も見られた。
[表3-2] 事業者団体の取組み
従前より業界としての苦情相談窓口・手段を設けている | 4団体 |
事業者団体の取組み事例
その他の企業の取組みとしては、消費者契約法の内容について、社内LAN掲示板や社内報に掲載するといった方法で、全社的に周知を図ったとする企業が多かった。
また、消費者契約の内容に関連して、今後新たに消費者契約を締結する、あるいは約款を作成する際には、全て法を意識した専門的なチェックを行うとする企業もあった。
[表4-1] 企業の主な取組み
1.消費者契約法の内容について全社に対する周知 | 13社 |
2.今後の消費者契約については法務部等で専門的なチェックを行う | 2社 |
企業の取組み事例
法律の内容や業界における注意点等について、説明会や資料等を通じて周知をはかったとする団体があった。
[表4-2] 事業者団体の取組み
法律の概要等について会員企業等に対する説明会を開催した | 6団体 |
法律の概要・留意点について会員企業等に通知した | 3団体 |
事業者団体の取組み事例
(注) 以下、5、6の調査結果取りまとめは、消費者契約法の施行に直接関連するものではない。
商品・サービスや関係する制度についての情報をまとめ、小冊子や広報誌、マスコミ、インターネット等を通じて広報活動を行い、周知を図ることで消費者教育を行っているとする回答がもっとも多かった。
次いで、消費者窓口に寄せられた個別の問合せ・相談に回答することで情報提供を行い、消費者教育を図るとする回答が多かった。個別の対応は、消費者のニーズにきめ細かい対応ができる一方、窓口担当者や消費者によって対応の中身にバラツキが出る懸念があるが、こうした観点からも[表3-1]の3.に示された、苦情相談マニュアル等の策定・改定が行われているものと思われる。
[表5-1] 企業の主な取組み
1.広報活動(小冊子、広報誌、マスコミ、インターネットなど) | 22社 |
2.窓口へ寄せられた問合せへの回答による情報提供(注) | 13社 |
3.教育機関、消費者講座、公共機関への人材(講師など)派遣 | 4社 |
4.消費者向けの講座 | 2社 |
4.国民生活センターや消費者団体への情報提供 | 2社 |
企業の取組み事例
事業者団体の大半が、商品・サービスや関係する制度についての情報をまとめ、小冊子や広報誌、マスコミ、インターネット等を通じて広報活動を行い、周知を図ることで消費者教育を行っている。特に事業者団体として取りまとめた小冊子は、各地の消費生活センターにて配布されることが多い。
その他、消費者窓口に寄せられた個別の問合せ・相談に回答することで情報提供を行う、高等学校の教諭を対象としたセミナーを行う、といった例も見られた。
[表5-2] 事業者団体の取組み
広報活動(小冊子、広報誌、マスコミ、インターネットなど) | 5団体 |
事業者団体の取組み事例
取引問題に関しては、消費生活センターを筆頭に、国民生活センター、弁護士仲裁センター、訪問販売協会の利用例が紹介された。
品質問題に関しては、PLセンターのほか、建築紛争審査会、通産省製品技術センター(当時)などの利用例があった。
全般的な裁判外紛争処理機関のメリットとして、裁判に比べて少額で早期解決が図れることを指摘する企業がその大半を占めた。決着に要する期間としては、概ね2週間〜1年ということであった。
取引問題に関する消費生活センターのメリットとして、特に指摘されたのは、センターの中立性であり、メーカーとの相対交渉では消費者の納得が得られないケースでも、第三者による中立性が消費者の納得を得やすいとの声があった。
一方、品質問題に関するPLセンターのメリットとして、利用経験のある企業のほとんどが、審査委員の技術的あるいは法律的専門性を挙げている。
(注) 単純比較はできないが、平成10年度の民事通常訴訟事件の平均審理期間(第一審)が9.3ヶ月であるのに対して、全国の弁護士仲裁センターの仲裁申し立てから解決するまでの期間は83日となっている。消費生活センターの苦情処理に関しては、厳格な手続きがない等の理由から、解決までに要する期間に関するデータはない。
裁判外紛争処理機関のデメリットとして、裁判外紛争処理機関の性質上、企業側が柔軟な姿勢を見せても消費者が頑なな態度をとりつづける限り、最終的な解決に至らないこと、つまり強制力がないことが指摘された。
その他、消費者が何を主張しているのか見えてこない、示談金の算定根拠がわからない、解決がロジカルではない、など解決に至る道筋の不透明性を指摘する声も数例あった。また、紛争処理機関の担当者によって知識のレベルにばらつきがあることを指摘する企業もあった。
今後、こうした企業の声に応え、紛争処理手続についてのガイドラインを明確にする、紛争処理機関の担当者の研修を充実するなどといった対応がとられることが期待される。
調査対象となった経団連会員企業、事業者団体のうち、消費者取引に関わるほとんどの企業、事業者団体が、消費者契約法の施行にあたり、何らかの準備作業を行っている。
現段階で事業者にある程度のコスト負担があることは確かであるが、対応の内容については各業種・業態、各事業者団体、各企業によって様々であり、コスト負担の程度について一概に結論付けることはできない。
一方で、消費者契約法の立法を機に、消費者への情報提供を積極的に行う、契約条項を分かりやすく改める、などの対応を、消費者の信頼を勝ち取る営業戦略の一環として進める企業、事業者団体も見られた。
消費者契約法が、健全な市場の育成に資するか、消費者による法律の濫用や事業者の過剰な対応を招き、市場に無用の混乱を引き起こすかは、消費者契約に対する消費者と事業者の立法趣旨と対応の定着の度合いと、司法改革や行政の消費者政策の行方に負うところが大きく、引き続き注意深く見守る必要がある。