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IT化に対応した取引ルール整備に向けた中間提言

2000年9月14日
(社)経済団体連合会

(はじめに)

IT革命は、グローバルに展開し、企業活動、国民生活、行政、さらには社会全般に根深い影響を与えている。ITを活用して商品・サービスの取引を行なう電子商取引は、個人を時間と空間の制約から開放し、いつでもどこでも世界中の情報、商品・サービスへのアクセスやコミュニケーションを可能にし、国民生活の質的向上をもたらそうとしている。また、企業でも、電子商取引は効率化、コストダウンだけでなく新たな事業機会や雇用機会の創造も促しており、企業の革新と発展の最大の原動力と位置付けられている。

このように取引方法の情報化と取引対象の情報化への関心が高まっているが、現行の制度や取引ルールにはネットワークを通じた取引を想定していないものが多く、電子商取引発展の阻害要因となっている。制度面の決定の遅れが、わが国企業や消費者に思わぬ悪条件を強いる結果にならないとも限らない。

電子署名については本年5月に電子署名・認証業務に関する法律が成立し、来年4月に施行されることになっている。また、個人情報保護の問題については、来年の通常国会への基本法案提出を目途に検討が行われている。今後は、企業と消費者がサイバースペースでの取引に一層の「信頼」を置き、安心して取引できるよう、電子商取引の特質に合致したルールや制度についても、迅速かつ戦略的に整備すべきである。その際には、政府の関与の必要な分野においても、民間企業が、公正な競争環境のもとで、自由に創意工夫をできるように必要最小限の関与とするべきである。

そこで、経団連では、情報化部会における検討をふまえて、わが国におけるIT化に対応したルール整備に向けた基本的な考え方を取りまとめた。

  1. 迅速なルール整備
  2. IT革命の最も重要な特質のひとつは、これまでとは比較にならないスピードで技術や社会が変化していくということである。米国で発生したネットオークションのビジネスモデルは、一年たたないうちに中国にまで波及してしまう時代である。このような環境の下で、企業は望むと望まざるに関わらずスピードを重視する経営を迫られているのが現状である。

    しかるに、行政における制度やルールの革新は同様のスピード感覚で進められているのであろうか。一年間の変化がそれ以外の世界の7年分(ドッグイヤー)にも相当すると言われるインターネットの世界では、制度面の対応の決定が遅れていくたびに、企業や消費者が刻々と失っていくものも加速度的に大きくなっていくことが認識されるべきである。

    IT革命に関わる分野ではスピードが極めて重要な役割を果たすため、一般に民間企業でとられているアプローチを参考にして、制度改革への取組みの実効を期すための3つの原則を提案しておきたい。

    第一は、トップダウンによる一括改革である。書面交付義務の見直しや消費者保護はいずれをとっても企業活動や消費生活の多様な側面に関わるものであり、多くの省庁をまたがる。個別の法令や規則等をひとつひとつ変えていくのでは夥しい時間を要することになる。そこで、包括法や特別法などの形をとるなどして、可能なかぎり省庁横断的な一括改革を実施することが望ましい。

    第二は、計画実行型から試行修正型の制度改革への転換である。IT革命をめぐる環境変化は、先行きが極めて不透明であるという特性も持っている。ここではこれまでのように長期を見通し変化を読み切った上で、大きな制度改革を10年か30年に一度行なう方法は通用しない。IT分野のように変化のスピードが速い分野では、ある程度の変化を読み取ったら、変化に遅れないようにまず試行的に制度やルールを変えてみて、現実に適合しないと判断されれば機動的に修正していく、という柔軟さを制度改革の分野に取り込むことが重要である。予想外のことは必ず起こるので、どんな環境変化が起きても柔軟に対応できる体制が必要である。

    第三は、マイルストーンの設定である。IT革命に関わる制度やルールの革新を遅滞無く実効的に進めていくためには、個々の目標を必ず測定可能な形に数値化するとともに、それらの実現の目標時点を明確にすることである。長期の取組みを必要とする案件については、一次目標、二次目標というように、時系列的にマイルストーンを設定すべきである。これまで情報通信の分野では、多くの重要テーマが長期にわたって繰り返し議論されるだけで、利用者からみると、一向に具体的進展を見ないできた。現在の世界同時進行的なIT革命は、もはやこのような対応を許容しない段階にきている。因みに、諸外国をみると、米国、EU委員会はもちろんのこと、シンガポール、マレーシアや韓国等のアジア諸国においても電子商取引に対応したルールの整備に取り組んでいる。

    グローバリゼーションの流れに対応して、豊かさや経済発展の源泉となる競争力ある企業や個人を魅きつけることができる魅力的な制度環境を整備すること、即ち法制度の国際競争力の確保が求められている。したがって、わが国においても、法的な予見可能性の確保、不確実性の低下および透明性の向上の観点から、ITの威力を最大限に活用できるような制度、ルールを早急に整備することが極めて重要である。

    その意味で、本提言のうち、既存法令の解釈の明確化、書面交付義務等の見直しについては秋の臨時国会迄に、またその他の問題についても2001年の通常国会において極力手当てを行なうべきである。

  3. 取引方法の情報化に対応したルール整備
  4. IT革命の到来に伴い、商品・サービスの取引方法が情報化しているが、これを想定していない取引ルールがある。企業と消費者がサイバースペースでの取引を安心して行なえるよう、早急に、取引方法の情報化に対応したルールを整備する必要がある。

    1. 民事法に関する規定整備
    2. わが国の民法は、1898年に施行されたため、対面取引や通信手段として使者や郵便を用いる取引が念頭に置かれており、近年の通信技術に適合しない面がみられる。例えば、契約の成立時期について、民法526条は、隔地者間契約の成立時期は、契約の申し込みに対する承諾の意思表示を発信した時(発信主義)としている。しかし、世界的には承諾の意思表示が到達した時とする到達主義が採用されている。通常の取引では発信主義をとる米国においても、コンピュータ取引には到達主義が適用されている。1996年の国連国際商取引法委員会(UNCITRAL:United Nations Commission on International Trade Law)の電子商取引モデル法の場合は、承諾の到達主義は当然のこととされ、敢えて規定が置かれなかったとも言われている。電子商取引の場合、意思表示から到達までがほとんどタイムラグがないので、迅速性について実世界の隔地間取引と同じに考える必要はない。また、システム障害等で承諾の意思が到達しなかった場合、契約が成立したかどうかについて申込者が把握することができないうえ、ウェブ取引等、申込者のほうから承諾期間を定めることができない場合が少なくないことを鑑みれば、不到達の場合のリスクを一方的に契約の申込者に負わせるのは疑問である。わが国においても、電子商取引における承諾の意思表示については、到達主義とすべきである。

      オンライン取引の場合、取引相手と直接接することはない。そのため、例えば、どの程度の本人確認手段を利用すれば本人への効果帰属を認めるべきかが明確でない。国連国際商取引法委員会の電子商取引モデル法においては、事前に合意した本人確認手続きが利用されている場合には、受信者が相当の注意を払えばデータメッセージが本人のものではないことがわかる場合等を除き、本人に効果が帰属する、とされている。今後、事前に合意されている本人確認手段を用いている場合や、本人が電子認証の為の暗号鍵等を適切に管理していれば、他人が事実上使用することができない本人確認手段を用いている場合には、取引の安定の観点から本人への効果帰属を認める方向で検討する必要がある。

      一方、キーボードによる入力間違いやマウスの誤操作も起こりうる。これに関して、民法95条では、「重大な過失」がない限り、法律行為の要素(重要な部分)の錯誤に基づく意思表示は無効とされている。例えば、キー操作の誤操作を回避する技術的措置が講じられていても操作ミスがあった場合「重大な過失」や法律行為の要素の錯誤に当たるのかなど、法律の適用について、明確にする必要がある。因みに、米国の1999年統一電子取引法では、個人の誤りから生じた電子的記録については、相手方が誤りの防止、確認のための機会を提供せず、かつ誤りを相手方に告知する等の一定の要件を満たした場合に無効とすることができるとされている。また、欧州の電子商取引指令の場合、加盟国に対し消費者以外の当事者が特段の合意をする場合を除いて、サービスの受け手が発注前に入力エラーを確認し訂正できるような適切、効果的かつアクセス可能な技術的方法を、サービス提供者が受け手に提供することを確保することを求めている。

      また、意思伝達の手段であるネットワークに事故・障害が発生した場合の民事責任についても、明確化することが大事である。

      民法は、刑法と異なり、裁判所において、適切な判断を行なう為に拡張解釈、類推解釈が可能など、かなりの融通性がきく。しかし、裁判所の判断は、紛争になった時にしか明確にされず、取引関係者に予めルールを周知、理解させ、電子商取引への安心感、信頼感を確保するという意味では不十分である。今後、多くの国民、企業が安心して電子商取引を行なえるよう、責任の問題を含め、法的ルールを明確にすることが望まれる。

    3. 既存法令の解釈の明確化
    4. 既存法令、ルールは電子商取引を想定していないことが多いため、電子商取引への適用関係が不明確なことがしばしば見られる。そこで、関係省庁に問い合わせると、窓口や担当者によって返事が異なる場合や、なかなか判断が示されずに時間が経過していくことがある。

      例えば、インターネット上のオークションサイトを運営する上で古物営業法上の古物商の許可が必要かどうかが不明確であるという指摘がある。オークションサイトを運営するのに古物商の許可が必要であるかどうかは、法令を管轄している所管省庁でも考え方が統一されていないため、許可が必要であるか否かが明確ではない。古物営業法では、古物商は、一定金額を超える取引について、取引毎に相手方の住所、氏名、職業および年齢を確認し、または相手方から、その住所、氏名、職業および年齢が記載され、署名のある文書の交付を受けなければならない。許可を必要とする場合、古物の売買に古物商の細かい規定が適用され、迅速でコストが安いインターネットの利便性を阻害しかねない。現実にも、古物商の許可をとる事業者と、許可をとらない事業者とが存在している。関係省庁の担当者の法解釈の違いによって有利になる事業者と不利になる事業者、また、法令に従う事業者と法令を無視する事業者等との間で不公平が起きつつある。

      これに関して、米国の連邦証券取引等監視委員会(SEC)は、新規ビジネスへの適用や法解釈が不明確な場合等に、SECに問い合わせて、SECが原則30日以内に文書で回答し、併せて公表するというノーアクションレター方式を導入している。法的拘束力は持たないものの、法解釈を円滑にする効果がある。ノーアクションレターは、年間1,000件程度公表されており、電子証券取引に関する事項が多い。

      これに対してわが国政府の場合、所管法令について法令解釈等の照会を受け付けることとされているが、回答期限が設定されておらず、また、公表するかどうかも政府の任意となっている。わが国においても、電子商取引への適用に関する法令解釈等について問い合わせがあった場合には、一定期間内に意見を公表し、それを蓄積しておく方式の導入を検討すべきである。

    5. 書面交付義務等の見直し
    6. 民法では、両当事者の意思の合致が認められれば契約は有効に成立し、必ずしも書面交付や対面説明は必要ないという原則があるが、消費者保護の観点から、一定の書面の交付や対面での説明などが義務づけられていることが多い。また、物理的な事務所の存在が求められているケースもある。こうしたIT化に対応していない規制については早急に見直す必要がある。

      例えば、通信販売における消費者への通知の電子化、旅行取引における取引条件書や約款等の書面の電子化、割賦販売等における契約締結時の契約内容に関する書面交付の電子化、貸金業規制法による貸し付け契約の内容を明らかにする交付書面の電子化、株主総会における議決権行使の電子化、民事訴訟法における裁判管轄権合意の電子化、債権譲渡登記手続きの電子化等がある。

      また、適切な規模の事務所を前提としている有料職業紹介事業の許可要件、あるいは通信教育への制約(大学では20単位以上は面接型の授業での取得が必要、博士号の通信教育での取得が認められず)、通信販売サイトにおけるオープン懸賞(不特定多数を対象とした懸賞)の禁止、割賦販売における物理的媒体物としてのクレジットカードの呈示の必要性、一定の医薬品に対する対面説明義務なども見直しが求められる。

      この際、早急に、全政府的規模で、書面交付義務、物理的事務所を前提とした規制等IT化に対応していない制度をすべて洗い出し、電子商取引が行なえるよう一括して措置する必要がある。また、電子的手段を用いることを可能とする場合の条件(消費者の希望、同意等)についても各省庁でバラバラになると利便性が低下するため、政府として、統一的な基本方針をまとめることが期待される。

  5. 情報財取引に関するルール整備
  6. 100年以上前にできた民法には、無体物や情報の取引という概念は基本的にない。民法は、85条で「本法ニ於テ物トハ有体物ヲ謂フ」と定義した上で、有体物の売買取引を前提に組みあがっている。情報は、それを創り出して提供するというプロセスに着目すればサービス取引、成果としての情報の活用という意味では形の無い無体物の取引、情報の中身の使用を重視すればライセンス取引とみることができる。コンピュータ・プログラム、デジタルコンテンツ等の財産的価値のある電子化された情報(情報財)の取引については、契約上の性質、法的取扱いはどうなるのか、既存の法令がどのように適用されるか、などが不明確な部分があるのが実情である。

    例えば、情報財使用条件が契約前に十分には示されない契約方式について、その有効性に批判があり、また、どのような場合に返品・返金が認められるのかが不明確である。情報財の提供者が示す契約条件についても、いかなる場合に無効になるかが明確でない。とくに利用者からすると、提供者が提示した契約内容を了解しない限り情報財を利用することができないため、不本意であっても提示された条件を了解せざるをえない面もあるが、どのような契約条件であれば契約が有効なのかが明確でない。逆に、利用者に契約違反行為があった場合に、情報財の提供者が強制執行可能かどうかも必ずしも明確でなく、予測可能性がないのが実情である。

    また、提供された情報財についてどのような場合に瑕疵があったと判断するのか、債務不履行と判断するのか等という情報財の瑕疵担保責任の問題(民法570条)、あるいは情報財が返品困難で複製も容易であることから、どのようにしてライセンス契約の終了を担保してもいいのか、ライセンシーが契約違反をした場合、ソフトウェアをライセンスしている側が電子的にソフトウェアを止められる条件は何か、なども不明確、という指摘もある。今後、民間の取引の実態をふまえつつ情報財取引に関する予見可能性を高める必要がある。

    米国の場合、昨年統一コンピュータ取引法(UCITA:Uniform Computer Information Transaction Act)がまとまり、既に州法で採択されつつある。その中では、情報財の瑕疵担保責任、契約違反の場合の電子救済等の重要なルールが定められており、シュリンクラップ契約(情報を包んだ包装を利用者が開封した時に予め決められた条件でライセンスがなされる契約)やウェブラップ契約(ウェブサイトをクリックしていくことによって決められた条件でのライセンスがなされる契約)等の有効性やその要件などについても規定がなされている。わが国においても、情報財取引に関して、立法的措置を検討する必要がある。

    この他、ライセンス契約の利用者が、情報財の権利の譲渡を受けた者に対して使用権を主張できるかどうかという問題がある。とくに、わが国の倒産法制においては、ライセンサーの破産時に、破産管財人が一方的にライセンス契約を契約期間内であっても終了することができるとともに、当該知的財産を他人に譲渡しうる。そのため、大企業がベンチャー企業との取引を敬遠するケースも見られる。米国においては、1988年の知的財産破産法では、ライセンサーが破産した場合、契約違反として損害賠償請求を行うか、ライセンシーがライセンス契約期間内の契約の継続を選択できることになっているとともに、著作権法でも書面によるライセンス契約に第三者対抗力が認められる等、知的財産が譲渡された後も、ライセンス契約に基づいて使用継続が可能である。わが国においても、米国と同様の規定整備が期待される。

  7. 知的財産権をめぐるルールの整備
  8. 著作権、特許権や商標権などの知的財産権制度は、知的財産に対して物権的な保護を与えることを目的としているが、最近、知的財産権をめぐるトラブルが海外で増えつつある。

    例えば、ドメインネームと商標をめぐる問題がある。これまでドメインネームの登録は単純な申請順であった。そのため、他人の商標と混同するドメインネームを登録しておき、高額での買取要求、あるいは買わないと嫌がらせ(アダルトサイトを立ち上げ等)が行われるケースが出てきている。米国では、1999年に反サイバー・スクワッテイング消費者保護法が制定され、他人の商標等に抵触するドメインネームの不正登録、不正使用について、商標権者に対し、ドメインネームの取消し・移転請求権、差止め請求権、損害賠償請求権が認められている。わが国においても、他人の商標と混同しうるドメインネームの不正目的による取得・使用を禁止することが求められている。

    また、商標権の域外適用の問題もありうる。ウェブ上で自らの商標を使用する場合、インターネットは世界中のどこからでも読めるため、他国の商標権者から侵害行為として提訴されるおそれがある。

    一方わが国では、コンピュータ・プログラム特許に関して、CD-ROM等の記録媒体等に収められている場合は、特許権として取引されるが、ネットワークを通じた取引についての取扱いは不明確である。例えば、特許の対象であるコンピュータ・プログラムが特許権者の許可無く送信される時は、記録媒体に記録されていないので、権利侵害行為にはなされず、特許権が十分に保護されないことがありうる。欧米では、記録媒体に記録されているか否かを問わず特許として扱われる制度改正が行われており、わが国においても同様の措置を講ずることが期待される。

    このほか、最近では、キャッシング(処理の高速化を図るため、ホームページのコンテンツ情報をコンピュータ・サーバーにコピーしておくこと)によるサービスがみられ、また、ネットワーク上で複製物の交換を支援する様々なソフトウェアも海外において開発されるなど、安価・大量かつ品質劣化なく複製できるデジタル技術、ネットワーク技術が進展している。そこで、現行法で認められている私的使用のための複製につき、見直すべきとの意見がある。著作物の権利者の利益を不当に害することが無いように配慮しつつ、利用を促進する観点から掘り下げた議論を行うべきと考える。また、キャッシング等、著作物が一時的に技術的に蓄積されることには著作権が及ばないことを明確にすることについて検討する必要がある。

    さらに、最近クローズアップされているのが、ビジネスモデル特許である。6月、日米欧3極特許庁専門家会合では、コンピュータを使って実現したビジネスモデル特許を認めるには、技術的側面が欠かせないことや既に行われている業務方法を単に自動化しただけでは特許性がないという点で一致したことは評価できる。しかし、日米において、ビジネス特許審査の実態面で差異があることが問題とされている。例えば、米国では、必ずしも新規性が認め難いもの、内容的に陳腐なものにもビジネスモデル特許が認められる場合があり、結果として新規性、進歩性、公知性、自明性の判定に関し、日米で差が生じていると言われている。今後、各国の当局においては、ビジネスモデル特許の審査基準の明確化、審査官の育成、先行事例データベースの整備と適切な活用等を進め、審査の適正性、公正性について疑念が生じないよう努力していくことが強く求められる。そのための国際協力も推進する必要がある。

    競争的な事業環境の整備も重要であり、とくに、競争政策の観点から知的財産権のあり方について検討する必要がある。例えば、著作権管理事業は、昭和14年に施行された著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律に基づき、事業は文化庁長官の許可、使用料の設定・変更について認可が必要とされている。デジタル化された著作物の有効利用を促すためには、競争的・効率的な権利処理機構の整備等も視野に入れ、円滑な著作物の流通システムを作り上げることが必要である。

    また、現在、ソフトウェアやデジタルコンテンツのライセンス契約について、独禁法ガイドラインがあるが、著作権のライセンス契約の適用については不明確な点もある。今後、所要の措置が講じられることが期待される。

  9. 消費者保護ルールの整備
  10. 消費者の信頼が確保されなければ電子商取引の発展はありえず、消費者保護は重要である。また、電子商取引が実世界での取引と同等の条件に置かれるようにする必要がある。

    1. 取引(契約)プロセスの問題
    2. 企業は、悪質な行為をすると消費者から選ばれなくなる、あるいは社会的批判を浴びるため、市場での活動を維持・継続することは困難となる。したがって、企業活動にとって、消費者保護は大事な視点である。企業に対する事前規制よりは、取引に関する法制の整備、ルールの明確化と啓蒙活動、悪質な行為(詐欺、プライバシー侵害等)の取り締まり、被害者の実効ある救済等を図ることが大事である。

      OECDは、誰もが安心して電子商取引を利用できるようにする観点から、昨年12月に電子商取引に関する消費者保護ガイドラインをまとめた(事業者の適正・公正な商慣行、事業者・財・取引に関するオンライン情報開示、公正で迅速な裁判外紛争処理、不適切な費用・負担のない救済、教育・啓蒙等)。その中で、政府は、事業者や消費者への支援に向けて、法規制のみならず、企業の自主規制、商慣行、消費者教育など実効ある対策を講ずることが大事であるとされている。わが国においても、こうしたガイドラインの精神にそって、民主導による電子商取引の発展に向けた官民協力が求められている。5月、日本情報処理開発協会が米国BBB(Better Business Bureau)の下部組織でプライバシー保護マークの付与認証機関であるBBB On Lineとプライバシー保護マークの相互利用で提携した。更に、世界の有力企業が参画して、電子商取引をめぐる問題の解決策を検討しているGBDe(電子商取引に関する国際ビジネス会議)では、消費者がグローバルに安心して取引できるよう、GBDeトラストマークの策定を検討している。今後、このような外国との相互補完的な信頼マークを民間主導で発展させることも大事である。

      また、電子メールの送信やウェブ上の入力・送信による即時取引等に、既存の消費者保護法制が対応していない面がある。例えば、スパムメール(サイバースペースにおけるダイレクトメール)の場合、営業用の電子メールの受信を希望しない者も通信料を自ら負担して不要な電子メールを受信することが実質、強制されている。受信側が希望しない営業用のメールの受取りを拒否できるような仕組みの整備や中間介在者が止めても責任を負わないようなルール整備が必要である。産業界としても、欺瞞的、不適正な広告や勧誘との誤解を招く行動の防止に努める必要がある。

      一方、消費者においては、自己責任原則に基づいて自ら広告内容等を的確に判断し、行動する能力が求められる。政府としても、電子商取引に関するルール内容や海外のインターネットサイトを利用した場合の法的関係、消費者が注意すべき点などについて啓蒙活動を積極的に行うべきである。

    3. 決済
    4. クレジットカード、デビッドカード等の偽造や偽造カードの所持が諸外国では処罰の対象となるのに対して、わが国では、不可罰になっている。また、他者によるカード悪用時に本人負担の上限を50ドルに制限している50ドルルールが米国にあるが、わが国のキャッシュカード、デビットカードにはない。わが国の場合、消費者が安心してカードを使えるよう、カード犯罪対策を整備する必要がある。

      また、クレジットカードや、最近注目を集めているデビッドカードによる決済、あるいはコンビニエンスストアにおける決済、プリペイドカード決済に関して、セキュリティの確保に万全を期す必要がある。

    5. 早期紛争解決
    6. 万が一トラブルが発生した時には早期に問題を解決することが消費者にとっても望ましい。ラストリゾートとして裁判所の果たす役割は大きく、裁判の迅速化やIT分野に詳しい裁判官の養成、判例等のデータベースの整備など、司法機能の強化に向けた司法制度改革が急務である。それと同時に、消費者が安心して参加できるようにするためには、消費者がトラブルを裁判に持ち込む前に、簡易で迅速な紛争処理を図る多様な仕組みがあり、当事者がニーズに応じて選択できるようにすべきである。

      とくに裁判外紛争解決(ADR)は、当事者の事情に応じた柔軟かつ迅速で低コストの解決を可能とする。利用者の立場からはADRを担う多様な機関が多数存在し、国民が様々なリーガルサービスを受けられることが望ましい。わが国では、弁護士法第72条により、法律事務を弁護士が独占しているが、国民の身近に存在する紛争は多種多様であり、必ずしも全ての紛争処理について弁護士を常に介在させる必要はない。ADRの担い手としては弁護士が中心となろうが、弁護士の他にも各種の専門家を含め意欲ある者が自由に参入できることが求められる。また、オンラインでADRを利用できる仕組みづくりも期待される。

  11. 個人情報の適切な取扱ルールの整備
  12. 国民が安心して情報化のメリットを享受できるようにするためには、個人情報の適切な取扱の確保は必要不可欠である。現在、政府において、2001年の通常国会提出を目途に「個人情報保護基本法案」の検討が進められているが、検討に当たっては、次の2点をふまえる必要がある。

    第1に、基本法を個人情報保護の理念を明確化し国民、企業に定着させるものとして位置づけ、この理念に則って、企業の自己規律による取り組みを促すことを基本とすべきである。厳しい競争の中で、企業が生き残るためには、消費者の信頼を得ることが不可欠であり、個人情報の適正な保護を行わない企業は市場から淘汰されることになろう。既に多くの企業は、社会や市場の厳しい目の中で、プライバシー・ポリシーの策定などに積極的に取り組んでいる。今後、基本法によって、個人情報保護の理念が明確にされれば、企業の自助努力がより一層促され、消費者の安心感、電子商取引への信頼感が高まるとともに、ITの有効活用の推進を通じた経済活性化にも貢献するであろう。

    第2に、個人情報の保護と利用とのバランスを確保するとともに、企業活動の実態を踏まえたものとすべきである。万一、組織的に管理できない個人情報や検索不可能な個人情報にまで責任を負うなど、企業に過度な義務が課せられると、大きなコスト負担が避けられず、消費者の利便性を低下させたり、社会的な負担増を招くことにもなりかねない。また、個人情報の扱いは企業・業界毎に大きく異なっており、画一的な義務が企業に課せられると、却って実態に合わず、企業活動が必要以上に萎縮されるため、魅力ある商品やサービスの提供が阻害され、消費者の利便性が損なわれるおそれがある。消費者・企業双方の安心感を高めていくためには、企業の自己規律による取り組みを促すとともに、仮にトラブルが生じた場合には迅速・安価に問題を解決する仕組みを整えることが重要である。この観点から、苦情処理・相談体制の整備、裁判外紛争処理(ADR)の強化が急務である。なお、著しく悪質な個人情報の取扱いがなされた場合に罰則を科すのは当然のことと考える。

  13. 中間介在者の責任ルールの整備
  14. 誰でも手軽に匿名で情報発信できるというインターネットの性格上、インターネットに、名誉毀損、著作権侵害、わいせつ情報等の違法な情報が流通することがある。これら違法情報に係る被害者や権利者は、インターネット・サービスプロバイダー、あるいはサイバーモールや電子掲示板の運営者等の中間介在者に対して、加害者、権利侵害者を特定するための情報の提供や違法情報の削除等の積極的な対応を期待するしかない。これに対して、情報発信者を特定するための情報の開示が通信の秘密に該当すると解されているため、中間介在者は、加害者等の情報を被害者等に開示できない。しかも、中間介在者が、問題とされている情報が違法か否かを的確に判断することは容易ではない。そのため、中間介在者が当該情報を削除する等の対応を行うことは非常に困難である。そこで、被害者や権利者としては、本来責任を追及すべき加害者、侵害者の代りに所在の明きらかな中間仲介者に対して損害賠償責任を追及するという不合理な事態が発生している。

    中間介在者の責任は、インターネット接続業者等の電気通信事業者に限った問題ではなく、企業や大学にある、インターネットに向かって開かれたサーバーのコンテンツや電子商取引を行う者の直営店舗にある情報も議論の対象となる。

    既に、欧米では、EU電子商取引指令や米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA: Digital Millennium Copyright Act of 1998)などにより中間介在者責任の法律枠組みが作られており、わが国においても一刻も早く基本的な法律の立案を行なうべきである。この場合、中間介在者が情報を自動的に媒介している場合の免責条項、常時監視義務が無いことの明記、違法コンテンツの「通知と削除」に関する手続きの明確化と中間介在者の免責、情報発信者に関する情報開示についての規定整備等を図るとともに、違法コンテンツ等の発信の差し止め請求権の是非について検討する必要がある。ルール整備に当たっては、各省庁バラバラではなく、多様な中間介在者にとって、明確でわかりやすいよう、包括した形で行うべきである。

  15. その他ルール整備
    1. 近年、不正アクセス、データ書き換え、データシステム破壊などネットワークの匿名性や越境的性質を悪用したハイテク犯罪への懸念が高まっている。ネットワークが情報技術を悪用する者にとっての安全な避難先(セーフヘーブン)であってはならず、ハイテク犯罪が適切に解決されなければならない。ハイテク犯罪は、各国法執行機関による24時間の国際協力無くして対処できない。個人情報や企業秘密の問題、通信の秘密や民間の協力コスト問題等に十分配慮しつつ、特定の国がハッカー天国にならないよう努めることが大事である。例えば、各種の被害を匿名で情報提供するとともに対応、ノウハウを広く共有する仕組みを検討する必要がある。

    2. ソフトウェアやデジタルコンテンツの開発契約においては、支払期限が遵守されないことがある。また、政府調達も含め、債権譲渡禁止特約が付されることが多いため、開発者は債権流動化等による資金調達が制約されているのが実情である。したがって債権流動化等多様なファイナンス手法を活用できるよう契約の仕組みを再検討する必要がある。

    3. この他、全省庁におけるIT関連法改正の状況について、国民に広く広報するため、例えばIT戦略本部のホームページ等においてタイムリーに掲載することが望まれる。

(おわりに)

以上、会員企業等の意見をふまえて、IT化に対応したルール整備についての基本的な考え方をとりまとめた。ITの有効活用はわが国の発展にとって不可欠となっている。また、インターネットはグローバルに利用されるだけに、ルールについても国際的な整合性をとっていく必要がある。早急に、必要なルール整備が行われることを期待したい。経団連としても、国民、企業が安心してITを活用し、ITの可能性を十分に享受できるようにする観点から、引続き、取り組んでいく所存である。

以 上

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