わが国の産業技術力強化のために、本年4月に国家産業技術戦略の取りまとめが行われ、海洋関連についても、エネルギー産業技術戦略(海洋分野)、食料分野における漁業・養殖業技術戦略、造船産業技術戦略等の取りまとめが行われた。本意見書は、上記各戦略の取りまとめの内容を発展させるとともに、21世紀に向けての海洋開発に関する国家的な総合計画の一環として、海洋開発ネットワークの構築について、具体的提言を行なうものである。
わが国の国土面積は約38万km2であるが、その周辺に、世界第6位の約447万km2にも及ぶ広大な200海里排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)を有している。また、この200海里水域は流氷海域たるオホーツク海、急深な日本海、大陸棚の発達する東シナ海、黒潮と親潮が接する北部太平洋、海溝が発達し離島群のある中部太平洋、世界屈指のサンゴ礁に恵まれた南方海域まで、特性の異なる世界でも独特の海域で構成されている。
新しい全総計画である「21世紀の国土のグランドデザイン」は、平成10年3月に決定されたが、わが国にとっての第二の国土ともいうべき200海里排他的経済水域(EEZ)の総合的な開発・利用・保全に関する国としての計画は、これまで策定されてこなかった。
国家戦略の一環として多種多様の海域特性を有するわが国の海洋空間の特徴を活かし、国民の未来への展望につなげるとともに、海洋に関する科学技術の振興、海洋に関する教育の振興及び人材・研究者の育成、海洋関連産業の活性化を通じた経済の発展、さらには国際協力、国際貢献にも資する海洋のグランドデザインを策定する必要がある。
「21世紀の海洋のグランドデザイン」は、日本の豊かな海の再生・創造を目指すものであり、基本方針として、『200海里の海を豊かにすること』を掲げるべきである。その際、以下の3つの視点のバランスのとれたものとすべきである。
第一に、「海をよく知る」ことである。広大なそれぞれの海域の自然条件を十分に調査、観測し、海洋データの蓄積をはかるとともに、各海域の資源ポテンシャルを把握し、データの充実を図る必要がある。
第二に、「海を賢く利用する」ことである。有限な資源については、その資源量の正確な把握に努めるとともに、将来の開発・利用に向け、できるだけ温存をはかる一方、再生可能な持続的資源活用に重点を置いた開発戦略とすべきである。
第三に、「海を守る」ことである。地球規模での環境問題は深刻な状況にあり、持続的な海洋開発を進める上で、環境との共生、海の再生・創造という視点が必要である。
海洋の総合開発という観点から、海洋の持つポテンシャルを部分的に活用するのではなく、多面的機能を十分に引き出せるよう、海面、海中、海底を3次元的にバランス良く活用することが必要である。
グランドデザインの具体化をはかるためには、社会的ニーズを十分に踏まえた上で、海洋科学技術の創造、移転、産業化の全過程を視野に入れ、産官学の一体的な取り組みが必要である。さらには、海洋は多岐にわたる分野を抱えていることから、関係省庁の一体的な取り組みの下で、その総合的な開発を進めるべきである。
200海里水域とあわせて、沿岸域を豊かにすることも必要であり、従来の陸からの視点のみでなく、海からの視点も加え、沿岸域の総合的な管理により、開発・利用・保全を三位一体的に推進すべきである。
魚類などの海洋生物資源、深層水などの海洋エネルギー資源といった海洋が包含する無尽蔵で再生可能な持続的資源については、できる限り重点的かつ有効に活用すべきである。
とりわけ、海洋生物資源については、近い将来の食糧危機問題に対処するためにも、緊急かつ重点的な取り組みが望まれる。
マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、メタンハイドレートなどの有限な海底鉱物資源については、当面は、200海里水域内での鉱物資源の把握と開発利用に向けた試験研究活動、開発技術の向上に積極的に取り組むとともに、次世代における商業的資源開発・利用を目指すべきである。
200海里水域を海域の特性に応じて活用していくために、海域を3次元的に調査モニタリングするとともに、200海里水域の有効活用を行なうため、浮体構造物などの海洋空間利用技術を活用すべきである。
わが国の200海里水域を構成する各海域特性を要約すると、例えば、オホーツク海周辺は流氷海域であり、地球温暖化調査研究に適しているとともに、水産食糧生産海域としても重要であり、かつ海底鉱物資源として期待されるメタンハイドレートの存在が確認されている。日本海には、海洋生物資源の培養に有効な日本海固有水と呼ばれる冷温で溶存酸素量の大きい良質の深層水が存在している。北部太平洋は黒潮と親潮の合流地域であり、世界三大漁場の一つである。沖縄沖東シナ海は、海流海域として海洋観測上重要な海域であると同時に、多くの魚類の自然産卵海域であり水産食糧生産海域として重要である。中部太平洋は、水産資源に有用な黒潮の流域であると同時に、海溝が存在することから、海洋観測上重要な海域であり、また、メタンハイドレート、コバルトリッチクラスト等の海洋鉱物資源の存在が確認されている。
以上を踏まえ、第二の国土である海洋に関する体系的なナショナルプロジェクトとして、海域の特性に応じて関係省庁が連携し、生物資源活用、海洋エネルギー開発、調査モニタリング等を行なう海洋開発ネットワークの構築に長期的に取り組むべきである。
日本の周辺海域の特性に応じた機能を有する構想として現段階で考えられるものは以下の通りである。
【海域別調査・資源開発基地構想例】
海洋開発ネットワークの構築を段階的に実現させていくためには、直ちにフィージビリティスタディに着手し、優先すべきパイロットプロジェクトを選定する必要がある。
その一例として、「海をよく知る」、「海を賢く利用する」、「海を守る」という基本的考え方に基づき、環境の保全を図りつつ、21世紀の食糧危機およびわが国周辺海域における資源の枯渇に対処すべく、再生可能な持続的水産資源の開発に重点を置いた多目的基地の構築が考えられる。
また、このパイロットプロジェクトにおいては、将来の200海里水域のネットワーク構想を念頭において、周辺海域の海底・海中・海面にわたる三次元的な海洋調査観測のローカル・ネットワーク機能を付与することも望まれる。
優先すべきパイロットプロジェクトが選定されたならば、関係省庁の連携、及び産官学の英知の結集の下に、要素技術の研究・実証を経て、具体的な設計、建設を進め、そのパイロットプロジェクトが10年以内に実現されることが望まれる。
なお、海洋開発ネットワークの構築は、国民合意の下、公的な資金で行なうこととし、その際、できるだけ経済効果を発揮できるよう配慮するとともに、社会的な費用対効果についても十分に吟味する必要がある。