日本経団連事業サービス(米倉弘昌会長)が5月23日に開催した「日本経団連フォーラム21」の5月講座では、寺島実郎・三井物産戦略研究所会長が第1講座「世界の構造転換と日本‐東日本大震災を受け止めて」を、山内昌之・東京大学大学院総合文化研究科教授が第2講座「危機を救うリーダーとは‐歴史に学ぶ」を担当、講演後、メンバーと意見交換した。講演の概要は次のとおり。
東日本大震災のような危機に直面した時、人間社会は瞬時にフラット化し、誰もが等しく危機に向き合うことになる。
今年が750回大遠忌にあたる浄土真宗の宗祖親鸞は、「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という言葉を残した。源平合戦や悲惨な飢饉が起きた末法の時代から鎌倉前期に生きた親鸞の深さ、偉大さは『目線の低さ』である。貴賎や善悪、階層が無意味となり、専修念仏のもとでの絶対平等を説いた言葉の意味を、今実感している。
平安時代に空海が開いた真言宗のように、親鸞以前の仏教は国が保護する国家仏教だったのに対し、国家権力から離れ、国家の圧力に屈せず、民衆側に視点を置いて絶対平等を説いた親鸞のすごさは、パラダイム転換を成し遂げた点にある。
東日本大震災の復旧・復興にあたっては、日本の近代・戦後を見据えながら今後の方向性を考えざるを得ない。地震による新幹線の脱線事故や高層ビルの倒壊などが起きなかったのは、営々と蓄積されてきた技術力の賜物である。しかし、だからこそ今回の原子力発電所事故が大きな衝撃だった。新興国の原子力利用の進展、化石燃料の需給動向などを考えれば、わが国は、引き続きエネルギーのベストミックスのなかに原子力を位置付け、一方で原子力の平和利用技術、安全性確保技術の蓄積を進め、専門家を育成することが、世界のなかで日本の優位性を示すことにつながるであろう。
復興においては、何より産業の空洞化を防がなければならない。また、東北の太平洋側と日本海側の交通網を再設計し、アジアのダイナミズムを取り込むという構想が重要である。
リーダーに求められるのは決断力と責任感、そして何といっても、危機に直面してもたじろがない「胆力」である。日本人が受け継いできた胆力という遺伝子。最近なぜ「胆力」を持ったリーダーが現れないのか。危機を想定外という説明で片付けてしまうリーダーしかつくってこなかった社会構造について、根本的に議論する必要がある。
胆力にあふれた古代ローマのスッラやカエサルらディクタトル(独裁官)。日本では江戸幕府の「大老」職がこれに当たろう。列強の進出が激化した19世紀後半、大老井伊直弼の開国の決断が戦争を回避した。長州などの要求をのみ、尊王攘夷を決行していれば、日本は間違いなく植民地化されていただろう。最終的に問われたのが胆力であった。
リーダーの資質は何も剛腕ばかりではない。阪神・淡路大震災の際、村山首相のリーダーシップは弱く、初動は遅かった。しかし首相は自身のことをよく理解していて、官僚機構をうまく活用して立て直した。リーダーは人の言うことにすべからく耳を傾けるべきである。
明暦の大火の収拾にあたった老中保科正之は、「住居」「お救い米(温かい食事)」「救助金」といった今に繋がる支援のスタイルをつくったほか、罪刑法定主義の確立や末期養子の禁の廃止による治安回復、また米不足対策として参勤交代中の大名を帰還させるなど危機管理にも優れていた。リーダーは一つのことだけでなく、同時に複数のことを考える必要がある。江戸中期の儒学者、荻生徂徠は「御用の立つ者の多く出るように、下の者の才智を用いて下を育てる」ことが宰相の大事な仕事と強調。「遠大の知恵あらば、煩細なる働きなくとも然るべし」という大局観が必要である。宰相に必要なのは決断と責任の取り方だけである。
第22期となるフォーラムの総合テーマは「未来企業のリーダーシップを学ぶ。」。米倉会長がチーフアドバイザー、寺島氏、山内氏と高橋忠生・日産自動車特別顧問がアドバイザーを務める。
同フォーラムに関する問い合わせは、日本経団連事業サービス(電話03‐6741‐0042)まで。