日本経団連の国民生活委員会(岡本圀衞共同委員長・川合正矩共同委員長)は11日、東京・大手町の経団連会館で会合を開催し、国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターの田代眞人センター長から、新型インフルエンザの流行と対策について説明を聞くとともに意見交換を行った。
田代センター長の説明の要旨は次のとおり。
新型インフルエンザ流行の蓋然性は依然高い。日本では鳥インフルエンザの被害ばかりが報道されるが、世界ではヒトへの感染事例も引き続き報告されている。また、ウイルスは感染を通して遺伝子を変異させるため、鳥や豚への感染が続いていることは無視できず、むしろパンデミック(世界的大流行)へのリスクは高まりつつあると言える。
政府の行動計画における健康被害想定は、致死率2%程度(1918年のスペインかぜと同等)と見込んでおり、米国のパンデミック準備計画などの致死率推定に比べて甘い見通しである。また、前回の弱毒性新型インフルエンザ流行時には行動計画やガイドラインの多くが機能せず、社会的不安を招いたことからも、根本的な見直しが必要となる。
新型インフルエンザ対策の基本戦略は、(1)新型ウイルスの出現阻止(2)新型ウイルスの発生局所での早期封じ込め(3)感染拡大の阻止・遅延と健康被害の最小化(4)社会機能、経済活動の維持――が満たされる必要があるが、現行の行動計画に基づいた前回の対応では、(3)(4)に偏っていた。対策に特効薬はなく、複数手段で備えておくことが重要だ。
新型インフルエンザには、現在のところタミフルなどの抗ウイルス剤が有効だが、ウイルスが突然変異し、これらの薬剤に耐性となるリスクは低くない。新型インフルエンザ対策のカギは、ワクチン接種による重症化予防により、健康被害を医療提供能力の範囲内にとどめることである。パンデミックワクチンは、新型ウイルス出現後に開発・製造されるので、供給開始までに3カ月以上、全国民への供給には半年以上かかるうえ、新型インフルエンザの場合、1カ月間隔で2回の接種が必要である。これでは大流行第1波には間に合わず、大きな健康被害と社会的混乱を阻止できない。また、安全性を十分に確認せずに多数の人へ接種することは、副作用のリスクを考慮すると必ずしも好ましくない。
これを補完する戦略として、プレパンデミックワクチンの事前接種が必要であろう。プレパンデミックワクチンは、新型インフルエンザウイルスに対する幅広い交叉性の基礎免疫を与え、症状を軽症化する効果が期待される。接種後10年以上効果が持続するとの研究報告もある。流行開始後には、パンデミックワクチンの1回追加接種で有効で、これが間に合わなくても、重症化、死亡のリスクを軽減できる。一方で副作用のリスクも潜在する。パンデミックに至っていない現在、社会機能の維持に必須の職種などの希望者に対して、十分な説明のうえ、安全性を確保しながら、徐々に接種事例を増やし、強毒性パンデミックによる社会機能の崩壊を防ぐ戦略を視野に含めるべきだ。
引き続き行われた意見交換では、(1)政府の行動計画の見直し作業がなぜ進まないのか(2)企業は対策において社会的責任を果たすことと経済的負担を最小限にとどめることをどう両立したらよいのか――などの質問があった。これに対して、田代氏からそれぞれ、(1)政府には、行動計画に不備があるという意識がないことが根本的な理由だ(2)難しい問題だが、政府と対話を重ね、双方の責任範囲と役割分担を明確にしていくしかない――との回答があった。