日本経団連は8日、東京・大手町の経団連会館で、法務省経済関係民刑基本法整備推進本部の内田貴参与と、同省民事局の筒井健夫参事官を招き、民法(債権法)改正に関する説明会を開催した。内田参与の説明の概要は以下のとおり。
民法典の整備は、明治政府の最大の政治課題であった不平等条約改正ひいては植民地化の回避のため喫緊の課題であった。1890年にボアソナードによる民法が公布されたが、民法典論争により施行が延期され、法典調査会により改めて起草されることとなった。迅速に作業を進める必要性から、条文を原則的な規定に絞り込んだことにより、他国に比して非常に少ない条文数で、解釈の比重が大きすぎ、必要なルールの大半は、条文上は明らかでない状態にある。現在進められている司法制度改革の理念である「法の支配」すなわち一人ひとりの国民が法的な手段によって自ら権利を守るという理念からは大きな問題がある。また、国際的潮流として、資本市場のグローバル化に伴い、債権法の共通化の動きが強まる中、この流れに遅れることなく、債権法を現代経済取引の実務に合致するものに改正し、日本から債権法のあり方について世界に発信し、国際的なプレゼンスを高めるべきであると考えている。
このような問題意識に基づいて、2006年に有志の学者メンバーが中心となって研究会として民法(債権法)改正検討委員会(事務局長は内田参与)が組織された。この検討委員会による「債権法改正の基本方針」(以下、改正試案)が今年4月に公表された。その主要な論点は以下のとおりである。
商法の商行為編には商人ないし商行為に限定する必要性や合理性が失われている規定が多い。例えば、商法507条は、商人同士の対話において、契約の申し込みを受けた者が直ちに承諾をしなかったときの申し込みは失効させる規定であるが、社会通念上、商人間でなくとも、このような規定が適用されるように一般法化すべきである。
また、商法526条は、商人間の売買について、目的物を受領した買主の検査義務および瑕疵があった場合の通知義務を規定しているが、事業を行う以上、商人に限らず非営利法人や個人事業者を含む「事業者」がこのような義務を負うべきであり、債権法の規定として統合すべきである。
(1)と同様、消費者契約法などの規定のうち、「消費者」という限定が不要である基本的な条項については、一般法化して民法典に統合すべきである。
例えば、消費者契約法において、不実告知または不利益事実不告知の場合、消費者は契約を取り消すことができるとされている。しかし、これは現代的な詐欺ともいうべきものであり、事実に関して取引の相手方が不実の表示を行えば、事業者間でも適用されるべきであり、契約全般のルールとして一般法化すべきである。また、不当な契約条項に関する一般規定を設け、自由な経済活動を阻害することのないよう、だれが見ても不当で、裁判になれば確実に無効とされるようなものだけをリスト化して規制するものとすべきである。これにより、無効とならない領域が明確になり、自由な経済活動が促進されると考える。
現行の債権の消滅時効は原則として10年であるが、別途さまざまな短期消滅時効の規定があり、その区別は現代においては全く合理性がない。短期消滅時効は、例えば3年に一本化し、その起算点を債権の現実的行使可能時(主観的起算点)とすべきである。生命・身体・名誉その他の人格的利益の侵害による損害賠償債権の消滅時効については、必要に応じて10〜30年の例外規定を設けるべきである。
内田参与の説明に続いて、今後の債権法改正の作業の見通しについて、筒井参事官から、「今回、検討委員会で取りまとめられた改正試案は、今後議論を深める上での重要な参照資料となるが、結論を得るためのたたき台ではない。今後、法制審議会での検討には、学者だけでなく経済界の代表や法曹実務家にも参加していただき、議論を積み上げていくべきものであると考えている。検討の期間については、具体的な見通しは立てられていないが、大改正であることから、1年では到底結論を得ることは無理である。とはいえ、あまり時間もかけられる状況でもないので、ある程度のスピード感を持って取り組みたい」との説明があった。