日本経団連タイムス No.2919 (2008年9月4日)

アルジェリア国内の課題など、私市・上智大学教授から聴く

−日本アルジェリア経済委員会総会


日本経団連の日本アルジェリア経済委員会(重久吉弘委員長)は7月23日、東京・大手町の経団連会館で2008年度総会を開き、私市正年・上智大学教授からアルジェリアの政治情勢などについて聴いた。概要は次のとおり。

アルジェリアには矛盾する2つの要素が共存する独特の政治文化がある。自由と自立の不屈の精神を旨とする「ポピュリズムに立脚した民主主義」と、「政治的権威主義」である。これには、アルジェリア解放戦争の大きな影響がある。解放戦争はいわば一種の革命であり、大衆の基盤に立った階級のない民主主義が生まれた。アルジェリアには大統領を公然と批判できる言論の自由がある。一方で大国フランスに勝つためには国民の結束が必要であり、上からの命令には従順に従う国民性も備わった。この「矛盾する2つの要素の共存」が独立後の社会主義体制を支えた。

40年以上を経ても解放戦争はいまだにアルジェリアのアイデンティティーの礎となっている。民族解放戦線(FLN)は、アルジェリアの国家や民族の独立を勝ち取るため、命をかけ、自らの血を流して戦った。ここからFLNに対する絶大な信頼が生まれ、一種の神話が出来上がった。神話化されたFLNは、あらゆる疑念、批判を免れる存在となり、1970年代以降、FLN指導部と官僚、軍、国有企業の幹部が運命共同体を形づくり、特権的なカースト構造が出来上がる。しかし次第に内部に腐敗や汚職が巣くうようになり、アルジェリアの政治、経済、社会問題の原因となった。

90年代には内戦によってテロリズムの嵐が吹き荒れ、15万人が死亡した。この内戦は、独立後のFLNの特権的カースト体制に内在するすべての矛盾が噴出したものだ。その後もあちこちでテロが起こっており、今も社会が安定したわけではない。

アルジェリアには、社会文化的矛盾、政治的矛盾、経済的矛盾の3つが存在する。まず、社会文化的矛盾はナショナル・アイデンティティーに内在する。独立後のアルジェリアの国家指導者たちがナショナル・アイデンティティーの核としたものがアラビア語とイスラムであった。フランスの文化的な植民地支配から脱しようと、自分たちがアラブ人であることを宣言し、学校ではそれまでのフランス語に代え、アラビア語教育を始めた。ところが、FLNの指導者たちは植民地時代の教育を受けたためフランス語は堪能だがアラビア語ができない。つまり彼らは、自らが不得手なアラビア語教育を推進するという矛盾を抱えた。

イスラム教に対する態度でも世代間で大きな差が出ている。リベラルな親の世代に対して若い世代は完全に保守化している。しかし若い世代はイスラムの価値観をたたき込まれる一方で、フランスの政教分離、食べ物などのタブーのない考え方に触れ、ジレンマに悩んでいる。

第2の政治的矛盾について、今や国民のだれもFLNを信じていない。今のFLN体制は矛盾だらけであり、もはや維持していくことは困難である。今後どのように国家体制を構築していくのかはかなりの難題だ。

第3の経済的矛盾とは、アルジェリア経済が石油・天然ガスに過度に依存していることであり、輸出の98%が炭化水素である。貿易収支は昨今の油価の上昇により黒字幅を拡大させ、80年代以降累積した対外債務を完済することができた。GDPも大幅に伸びている。問題は富の公平な分配がうまくいっていないことである。失業率は2000年の29.5%から06年には12.3%に縮小したとの統計数字があるが、実際はもっと高いとみられる。低賃金で生活できない人々も多く、貧困層は相当数に上るとみられている。国営企業の民営化が進みつつあるとはいえ問題を抱えており、金融部門の自由化とサービスの向上も非常に遅れている。

07年12月に「イスラーム・マグレブ諸国のアル・カーイダ」によってアルジェの国連事務所などで自爆テロが起こった。彼らは地球上にイスラム共同体(ウンマ)をつくることを夢見ており、その障害となる者は彼らの敵と見なしていることから、テロはどこでも起きる可能性がある。標的はグローバルに広がっており90年代のテロに比べ予測可能性が低くなっている。また、アルジェリア国民は必ずしもテロに反対しているわけではないとの世論調査の結果が報告されており、不満分子が存在する限り、散発的なテロが続くのではないか。

最後にポスト・ブーテフリカについて触れたい。20年後にはFLNのメンバーがいなくなり、イスラム教育を受けた世代が実権を握ることになっていよう。そのときFLNの持つ利権構造がだれに移るのかが大きな問題となる。利権がFLN関係者の息子や親族に簡単に移行するのではなく、だれが継承するのかをめぐって権力闘争が起こる可能性がある。エジプト、チュニジア、シリアなど他の中東諸国との関係やそれに基づく影響も重要になってくるだろう。産業構造を変え、炭化水素に依存しない国づくりができるかは予断を許さない。今後、10年から20年の間に大きな揺れがあると思う。そのときの国際情勢によって、アルジェリアは劇的に変わる可能性がある。

【国際第二本部中南米・中東・アフリカ担当】
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