日本経団連は9月25日、東京・大手町の経団連会館で米国大統領選挙と米国通商政策に関するアイラ・シャピロ大使(元米国通商代表部法律顧問)との懇談会を開催した。日本経団連からは、アメリカ委員会の本田敬吉企画部会長らが出席した。懇談会におけるシャピロ大使の講演概要は、次のとおり。
米国民の3分の2は米国の政策運営が誤った方向に向かっていると考えている。来年、大統領選挙が行われるが、ブッシュ大統領ならびに共和党政権に否定的な意見が広がっており、世論は民主党が次期政権を担うのに適しているとの見方に傾いてきている。
米国の次期政権下では、イラク戦争における政策だけでなく、経済や医療・保健分野における政策に関する重要な変革が期待されている。特に、気候変動問題に積極的に関与していくことが求められている。
最近の日米関係には目立った衝突もない一方で、日米関係の重要性が薄れ、双方に対する関心が低下したことも否めない。日米間の貿易高は10年前の水準と比較すると、相対的に減少している。また、日本市場の規制緩和が進んできているものの、他国と比較して、日本への直接投資は非常に低い水準にとどまっている。その一方で、米国企業が中国をはじめとした日本以外の国への関心を高めていることは明らかである。日米関係に関心を持つ政策担当者やビジネスパーソンにとって、どのようにしてこの傾向を変えていくことができるかが重要である。
大統領(政権)・米国通商代表部(USTR)と議会の間で、権限の分立がなされていることにより、米国の通商政策は非常に複雑な構造になっている。現在、議会ではブッシュ政権が提出した四つの自由貿易協定(FTA)に関する審議を行っており、恐らく、パナマやペルーとのFTAは承認されるだろう。一方で、コロンビアや韓国とのFTAの議会通過は不透明である。このような結果を招いた要因は、共和党政権と民主党主導の議会という要因のみではない。大統領が国益を見据えて行動する一方で、議員は地元選挙区の利益を最優先して行動するという立場の違いが、貿易協定の締結を困難にさせている。最近では、NGO・労働組合などが貿易協定に対して強硬に反対するようになっていることで、通商政策の運営がより困難になっている。
日米両国ともに多国間自由貿易体制の進展、特にWTOドーハ開発ラウンドの交渉進展を望んでいるが、ラウンド交渉の先行きは依然として不透明である。このような状況下で、最近では世界各国で二国間のFTA締結の流れが加速化している。私は二国間を優先させる現在の傾向に反対ではないが、やはりそれなりの結果が待ち受けていると考えられる。議会では承認されやすい貿易協定が立案されがちではあるが、次期大統領にはいかにして一貫した通商政策をとることができるかが問われている。
中国の台頭は世界経済の繁栄に寄与している。米国の対中貿易赤字は拡大し続けているが、その多くは米国企業が中国で生産活動を行い、その中国製品を輸入することにより、発生しているものである。また中国が世界の製造部門を担う中心となったことは、米国内の雇用状況にも深刻な影響を与えている。このような状況下、米国の大企業が中国の繁栄を歓迎する一方で、中小企業はコスト面で不利な状況に置かれていることを訴えるなど、米国経済界の反応も分かれている。いずれにしても、現在の米国が中国に大きく依存していることは明白である。特に、安価な中国製品は中間所得層に大きなメリットを与えており、インフレ率も低下している。
こうした依存状態にあるにもかかわらず、米国内では中国に対する批判が高まっている。知的財産権侵害によるWTO提訴をはじめ、中国の為替政策についても是正を強く求めている。中国政府が国内企業に支給している補助金問題に関しても、WTO協定違反であるとして不満が高まっている。しかし、同時に米中政府ともに穏健な態度を維持しており、まだ互いに歩み寄ることが可能である。次期大統領も、中国との関係の維持・強化に努めるだろう。
中国が重要視されているといっても、次期大統領が日本を軽視することはない。中国との関係構築を進め、アジアへの関与を強めたい米国にとって、日本はアジア最大の同盟国として、今後も非常に重要な存在であり続ける。今後、日米関係をより深化させていくことが重要である。日米経済連携協定(EPA)あるいはFTA推進に関して、日米両国の経済団体が重要な提言を打ち出している。日米両国は、法律の順守、知的財産権保護、労働環境・労働者の権利など高水準の内容を共有できる。日本とのEPA・FTAを締結することにより、アジアにおける米国の関与はより確固たるものになる。
日米両国ともに、政権の交代を迎えることにより、今まで以上に幅広い視野を持って、日米経済関係をとらえていけるだろう。医療、生命科学、知的財産権などが日米間の協力分野に挙げられている。特に代替エネルギー利用に関して、日本から学ぶことは多く、環境保全技術に関しても、日本は先進的技術を持っている。従って気候変動問題にも共同で取り組んでいくことができる。日米間の協力分野には、まだまだ大きな余地が残っている。
次期大統領の責務は、米国に対する国際的な不信感を払拭することである。貿易と投資分野での取り組みを活用し、米国との関係が停滞している国々との二国間関係を再構築することが肝要である。次期大統領はあらゆる外交手段を総動員して、世界各国との関係強化に努めるだろう。今後、日米関係もさらなる緊密化の時期に入ると思われるので、さらなる深化を期待したい。