日本経団連タイムス No.2746 (2004年11月18日)

第96回日本経団連労働法フォーラム開く


日本経団連は広島県経営者協会(白井龍一郎会長)、中国地方経営者団体協議会(同)と共催、経営法曹会議の協賛で、「第96回日本経団連労働法フォーラム」を10月28、29の両日、広島市で開催した。経営法曹会議所属の弁護士約90名と、企業の担当者約260名が参加した今回のフォーラムは、「改正高齢法と高齢者雇用問題、労働時間規制への適正な対応策(残業対策)について」をテーマに、関係法令の解釈や裁判例の分析検討を通じて、高年齢者の雇用確保・労働時間管理などについて、企業が法的に留意すべき点を探った。同フォーラムでの講演や研究報告、質疑・応答の概要を報告する。

講演「改正高齢者雇用安定法の概要」
―広島労働局長 河津浩安氏

少子・高齢化の急速な進展等に伴う労働力の急激な減少や、年金支給開始年齢の引き上げに対応するために、改正高齢者雇用安定法が6月に成立した。
この改正法は、定年の定めをしている事業主に、(1)65歳までの定年の引き上げ (2)継続雇用制度の導入 (3)定年の定めの廃止――のいずれかの措置を義務付けており、違反する事業者に対して、厚生労働大臣による指導・助言および勧告が行われる。

継続雇用制度とは、雇用している高年齢者が希望するときに定年後も引き続いて雇用する制度のこと。過半数労働組合(もしくは過半数代表者)との労使協定によって、対象者の基準を定めた場合には、希望者全員を対象としない制度を導入してもよい上、当面の間(大企業3年、中小企業5年)は、労使協定ではなく就業規則等でそのような基準を定めることもできる。

同改正法ではこのほか、求職活動支援書の希望者への交付や、募集および採用時に上限年齢を定める際の理由の明示、シルバー人材センターが一般労働者派遣事業を行うことを可能とする特例も定めている。

研究報告1「高齢者雇用問題と法的留意点」
―弁護士 松下守男氏

【改正高齢者雇用安定法における使用者の留意点】

今回の法改正に伴って、事業主は3つの高齢者雇用確保措置の中からいずれかの措置を講ずることになるが、それぞれの措置において留意が必要である。

第1に、定年を引き上げる措置を講ずる場合、従前の労働条件はそのままに単に「定年」を延長するのであれば法律問題は起こらないが、定年延長後に賃金の減額などを行うと、労働条件の不利益変更とみなされる場合もあることから、実施にあたっては十分な検討が必要である。

第2に、継続雇用制度を導入する場合には、継続雇用の対象者の選定基準が合理的かつ社会的相当性を備えていることが重要である。そのためにはまず、高齢者の働く意欲と能力を客観的に把握できるような仕組みを構築しておかなければならない。
また、労働者が今後も働き続けられるかどうかを自分自身で予測・判断できるような配慮も必要である。さらに、継続雇用制度における対象者の選定基準を就業規則で定める場合には、その内容を十分に周知していないと拘束力が生じないとした「フジ興産事件」の最高裁判例にも留意し、周知を確実に行う必要がある。

第3に、定年の廃止措置については、年齢による差別の廃止・禁止という考え方や、有用な高齢者の活用などといった観点に立てば当然推進すべきものである。
しかし、日本では、「解雇」が極めて厳格なルールの下で運用されていることから、「定年の廃止」が使用者にもたらすメリットは少ないと思われる。

■ 質疑・応答

【問】A株式会社では、60歳定年制を採用しているが、高齢者雇用安定法の改正に伴い、60歳定年を迎えた者については、1年の期間を定めた雇用契約の更新を重ねることにより、雇用を確保することとした。条件は、各ケースにおいて個別的に決定することとした。問題はないか。

【答】法的には問題がない。労働条件については、明文の規定がないので、労使での取り決めということになる。実務的には、一般的な定めを置いたほうがよいと考えられる。労働者にとって、労働条件は重大な関心事であり、生活の設計などの観点からも、労働条件について、ある程度予測ができるものとしておくことが望ましいからである。
一方、使用者側からみた場合も、一定の定めを置いておけば、特定の労働者に対して差別的な取り扱いがあるのではないかといった疑念が生じる事態を防ぐことができると考えられる。

研究報告2「労働時間規制への適正な対応策(残業対策)について
―弁護士 久笠信雄氏

【労働時間に関する行政通達と企業の実務上の対応】

現在、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(いわゆる46通達)に基づき、厳しい監督指導が行われている。この通達は、労働時間把握の方法について、使用者自ら現認するか、タイムカードなどによって始業・終業時刻を確認し記録することを原則とし、やむを得ず自己申告制をとる場合には、労働者への十分な説明と、申告が実労働時間と合致しているかの実態調査の実施などを求めている。
さらに、過重労働の総合対策や46通達順守を前提とする賃金不払残業対策の指針が相次いで示され、労働時間に関して指導が一段と強化される傾向にあるが、法的拘束力がなく行政解釈にすぎない通達によるこうした一律の監督署の規制と、企業の労働実態とが適合しないという批判はある。しかし、企業としては通達の内容を正しく理解し、労使協議や実態調査などの周到な準備により、臨検や是正勧告に適切に対応することが必要である。

【残業対策と法的留意点】

変形労働時間制、裁量労働制等のみなし労働時間制の採用により、労働時間を弾力的に運用することで、適正な残業抑制が可能ではあるが、適用要件や手続きが厳しいために、制度導入の際の障壁となっている。また、残業代を年俸や基本給に含める賃金設計を行うことは適法ではあるが、そのためには割増賃金部分と通常の労働時間の賃金部分が区別できることと、割増賃金部分が労基法に定める割増賃金以上であることが必要である。
なお、特別条項付36協定を締結する場合の「特別な事情」を、「臨時的なもの」に限るという限度基準の改正があり、延長できる回数にも制限が付されたことに留意されたい。

■ 質疑・応答

【問】当社は全社一律で始業時刻を午前8時30分、正午から午後1時までを休憩時間、終業時刻を午後5時と定めているが、パソコンの起動・シャットダウンに5分程度の時間が必要なため、始業前・終業後に各社員に自発的にパソコンの前での待機をお願いして実践してもらっている。どのような法的問題があるか。

【答】労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働者が就業を命じられた業務の準備行為などを事業所内で行うことを使用者から義務付けられ、またこれを余儀なくされたときは、特段の事情のないかぎり、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。そこで始業前・終業後の「お願い」をどう解釈するかだが、待機を強制しているならば労働時間としてカウントし、始業・終業時刻を就業規則上変更する必要があるが、あくまでも任意ということであるならば、その旨を社員に周知すべきである。

【労働政策本部労働法制担当】
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