場所:帝国ホテル東京 3階「富士の間」
1.はじめに

経団連会長の十倉でございます。本日は、多数の方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。こちら内外情勢調査会で講演させていただくのは2022年以来となります。
まず講演に入ります前に、本日3月11日は東日本大震災の発生から14年を迎えます。改めまして、犠牲になられた方々に心から哀悼の意を表させていただくとともに、愛する家族を失われたご遺族の皆様、被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
経団連は、これからも、東北地方の地元産品の消費拡大や観光振興など、被災された地元の皆様に寄り添って参ります。
さて、経団連では、経団連の副会長、議長・副議長を中心に活発な議論を続け、将来世代の立場を踏まえた、わが国経済社会の進むべき方向性である「FUTURE DESIGN 2040」(略してFD2040)を昨年12月に取りまとめ、公表いたしました。
こちらの資料の表紙にもありますとおり、そのタイトルを「『成長と分配の好循環』~公正・公平で持続可能な社会を目指して~」といたしました。本日は、このFD2040につきまして、お話させていただきます。
こちら(1ページ)が、本日お話させていただく目次になります。
まず「はじめに」ということで、私がこのFD2040の作成に込めた「思い」について、ご紹介させていただきます。次に、その全体像をご説明して、さらに、マクロ経済や日本経済について、そして、柱となる6つの施策についてご紹介し、最後に「おわりに」ということで、本日の講演を締めくくらせていただければと思います。
それでは、まず「はじめに」として私がFD2040の作成に込めた思いをご紹介させていただきます。
こちら(3ぺージ)は、資料にも、パンフレットにも、そのまま掲載している内容になります。
私は、2021年6月に経団連会長に就任しました。就任後の最初の挨拶回りで、今井敬名誉会長から言われた言葉が、今も心に残っています。「経団連が正論を言わずして誰が言うのか」「経団連は国全体のことを考えて正論を主張しなければならない」。90歳を超えてなお、眼光鋭く言われた、この力強い言葉に、私自身、ピンと背筋が伸びる思いがいたしました。正直申しまして、この年になって、このような気持ちになるとは思いませんでしたが、何より、皆様ご存じのとおり、私は、体調を崩された中西前会長から急遽バトンを託され、経団連会長に就任することになり、その時の私の心の揺らぎを、見透かされたような気がしました。この時、私の経団連会長として進むべき道が決まったような気がいたします。
時はコロナ禍の真っただ中にありました。緊急事態宣言の発出や解除が繰り返され、ワクチン接種を急がなければいけないときでありました。社会全体に不安感や閉塞感が広まる中で、ぶれることなく、科学的・論理的・客観的に、あるべき正論を発信する、そういう経団連でありたいと決意を新たにしました。
私は、経団連会長に就任してから、繰り返し申し上げてきたキーワードがあります。それは「社会性の視座(from the social point of view)」という言葉です。これは、市場経済のなかに社会性の視点を入れるという考え方であり、今から50年も前に経済学者の宇沢弘文先生が提唱された考え方です。より良き社会なくして経済は成り立ち得ません。また、かのケインズは、その弟子ハロッドへの手紙の中で「経済学は自然科学ではない。道徳科学・モラルサイエンスである。これを行うには内省と価値判断を伴う」と言っています。持続的な経済成長には、公正・公平といった、まさにある種の「価値観」や「倫理観」を伴うものだと考えます。
こうした基本的な考え方のもと、経団連は、「サステイナブルな資本主義」を掲げ、行き過ぎた資本主義の是正に注力して取り組んでまいりました。いうまでもなく、資本主義は非常に優れた制度です。市場を通して、効率的に資源が配分され、切磋琢磨した者が報われ、イノベーションが活発に生まれる、素晴らしい制度です。しかしながら、行き過ぎた資本主義は、このスライドのとおり、大きく二つの弊害をもたらしました。その一つは地球温暖化に代表される「生態系の崩壊」、いま一つは「格差の拡大・固定化・再生産」であります。
経団連では、この「生態系の崩壊」に対しては、2022年5月に提言「グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて」を取りまとめました。この提言につきましては、2022年6月、まさに、こちら内外情勢調査会でご紹介させていただきました。
その後、政府の方で、我々の提言を全面的に取り入れていただき、官邸会議として「GX実行会議」が設置されるなど、いくつもの政策を矢継ぎ早に具体化していただきました。
そして、「格差の問題」に対しては、2023年4月に報告書「サステイナブルな資本主義に向けた好循環の実現」をまとめ、いわゆる「分厚い中間層の形成」を提言しました。
そして、経団連会長としての最後の年に、将来世代の立場も踏まえて日本のあるべき経済社会の姿を描く「FUTURE DESIGN 2040」を作成しました。
内政、国際情勢と、申し上げるまでもなく、わが国を取り巻く環境は混迷を深めております。この「FUTURE DESIGN 2040」は、わが国の経済社会において、あるべき方向性を示すもの、経団連の副会長、議長・副議長との議論を通じて、そのような内容にできたと自負しております。
2.「FUTURE DESIGN 2040」の全体像
次に、FD2040の全体像について、ご説明いたします。
こちらのスライド(6ページ)は、非常に分かりにくくて恐縮ですが、FD2040の全体像を、図示したものです。
この図の上と下の赤い部分のとおり、わが国は、「少子高齢化・人口減少」と「資源を持たない島国」という大きな2つの課題に直面しております。
これに加えて、自然災害の頻発・激甚化、生態系の崩壊、不安定な国際経済秩序といった地球規模の環境変化にも対応する必要がございます。
こうした中で、図の左にありますとおり、わが国が目指すべき国家像としておりますが、先ほど申し上げた2つの課題を前提としたわが国が避けては通れないパスウェイとして、「科学技術立国」と「貿易・投資立国」を掲げました。そして、その基盤として、「公正・公平」で「持続可能」な社会の構築が不可欠であります。その実現には、「FUTURE DESIGN 2040」のタイトルとして掲げた「成長と分配の好循環」これが欠かせないと考えます。
FD2040では、こうした未来の経済社会の姿を築くのに必要な柱となる6つの施策をあげております。①全世代型社会保障、②環境・エネルギーにはじまり、③地域経済社会、④イノベーション、⑤教育・研究/労働、⑥経済外交、について論じ、また、これらの施策の基盤となる「マクロ経済運営」について展望しています。
この中でも、後ほど、ご説明いたしますが、赤字にしている「大学の研究力強化」、そして「新たな道州圏域構想」につきましては、今般新たに提言したイシューになります。
最初に申し上げたとおり、この図は、非常に分かりにくいと思いますが、この複雑に飛び交う矢印が日本の問題の構造を表していると思います。施策は相互に関連し、且つ、複雑に絡み合っています。この図では、この点を強調したところであります。
こちらのスライド(7ページ)も分かりにくくて恐縮ですが、課題や施策が相互に複雑に絡み合っている点を抽出し、図にしてみました。こうした状況は、よく“Polycrisis”(複合危機)と呼ばれています。しかしながら、私自身も対談した、ドイツの著名な哲学者であるマルクス・ガブリエル氏は、これを“Nested Crisis”(入れ子構造の危機)と表現しています。ある事象を原因として結果が生まれ、その結果がまた次の事象の原因となり、相互に影響を及ぼし合っている。まさに危機が複雑に「入れ子状態」になってしまっている。このような状況を的確に表した言葉だと思います。
このように複雑に絡み合う課題「全て」を、「単独」の施策で解決することはもちろんできません。様々な施策を最適に組み合わせるポリシーミックスが求められます。そのためには、個々の分野にとらわれることなく、全体を俯瞰し、全体最適の視点で進めていくことが肝要と考えます。
8ページをご覧ください。こうした課題や施策が絡み合っていることを説明する具体例として、サブタイトルにもした「成長と分配の好循環」についてご説明したいと思います。
経済成長を考えるにあたって、見るべき代表的な指標としてGDPがあります。GDPは投資+消費+政府支出+輸出-輸入であります。国内投資の拡大に向けて、政府が中長期の計画に基づいた、戦略的な財政支出を行うことで、民間企業の予見可能性が高まり、民間投資が促進されます。我々はこれを「ダイナミックな経済財政運営」と呼んでいます。特に政府投資は、イノベーション創出という困難で時間のかかるものや、社会インフラの整備など、一民間企業では対応が困難なものに行われるべきです。
一方、個人消費を拡大しようと思えば、単に賃金を引き上げれば良いというわけではありません。賃金の引上げが、貯蓄ではなく、消費に回る必要があり、そのためには、公正・公平で持続可能な全世代型社会保障改革を通じた、若年世代の漠とした将来不安の解消が必須であります。
後で述べる社会保障改革は、分配政策でもあり、少子化対策でもあり、労働参加を促す政策でもあります。加えて、社会保障の財源論はわが国の「財政の問題」そのものであります。
この「成長と分配の好循環」に必要な施策の数々は、先ほど申し上げました、このFD2040の柱となる6つの施策の中で論じているものであります。これらの施策なしに、この「循環」を回すことはできない、こう考える次第であります。
ここからは、それぞれの施策について順番にご説明いたします。
3.マクロ経済運営
まずは、マクロ経済運営についてです。
申し上げるまでもないことですが、わが国のGDPは、1990年代以降、バブル崩壊と金融危機を経て、約30年にわたり停滞が長期化しておりました。いわゆるデフレ、失われた30年、世界ではジャパニフィケーションと言われております。
この間に起こってしまったこととして、
- ① 過去30年間で、「中間層」が衰退してしまったこと
- ② そして、わが国財政が極めて危機的な状況に陥っていること
の2点があげられます。
まず、中間層の衰退についてご紹介します。こちら(10ページ)は、世帯所得の分布を表したグラフです。
左から、全世帯、35~44歳の世帯主の世帯、45~54歳の世帯になります。そして、2019年の分布がオレンジ色の実線、1994年の分布が青色の点線となります。
まず、オレンジと青の線を比較しますと、全体として、青色の点線がオレンジの実線へと左側にシフトしている。つまり、世帯所得が全体的に減少していることがおわかりいただけるかと思います。
より端的には、世帯所得の「中央値」の比較が分かりやすいかと思います。例えば、左側の全世帯のグラフの中央値を見ますと、1994年は505万円だった世帯所得の中央値が、2019年には374万円に減少していることがお分かりいただけるかと思います。
こちら(11ページ)は、わが国の財政状況の悪化を示したものです。よく指摘されている話ではありますが、左側のグラフにありますとおり、わが国の政府債務残高の対GDP比は、上昇を続け現時点で250%を超えており、諸外国と比べて、極めて高い水準にあります。
また、こうした状況を反映して、右側の図のとおり、主要な格付会社による日本国債の格付けは、下落を続けています。諸外国と比較しますと、イタリア以外のG7諸国に大きく見劣りしている現状にあります。
今後、いわゆる「金利のある世界」に突入する中にあって、わが国の財政健全化が急がれることは、言うまでもありません。
こうした現状も踏まえ、今般、FD2040では、わが国の経済・財政の将来像に関するマクロ計量モデルによる試算を実施いたしました。
こちら(12ページ)は、マクロ計量モデルによる試算の前提になります。現状の延長線である「現状維持ケース」とともに、先ほども申し上げました「成長と分配の好循環」の実現に必要な各種の改革を行った場合の「改革実現ケース」、この2つのケースについて試算いたしました。
先ほども申し上げましたとおり、わが国の極めて厳しい財政状況を踏まえまして、社会保障財源として、応能負担を徹底し、2025~2034年度の10年間で富裕層の税負担の引上げを前提としています。これは、後程ご説明いたします。
賃金については、応能負担を徹底し、先ほど申しました富裕層等の税負担による社会保険料の軽減を通じて、低・中間層では、可処分所得の上昇を前提としています。また、富裕層を含む上位層でも、先ほど申しました負担増を行っても、なお可処分所得がプラスで推移することを前提とした負担の水準となるよう試算したところです。
こうした前提のもと試算しますと、13ページのとおり、わが国経済は、「改革実現ケース」において、左側のグラフのとおり、1.5%~2%の間で実質成長率が推移し、また、右側のグラフのとおり、3%を超える名目成長率が継続します。
その結果、我が国の名目GDPは、2030年度に737兆円、2040年度には1,000兆円を上回るとの結果が得られたところです。現在のGDPは600兆円であります。
また、こうした試算を踏まえ、経団連は、去る1月27日に開催された政府の「国内投資拡大のための官民連携フォーラム」において、名目設備投資額の目標として、2030年度に135兆円、2040年度に200兆円を打ち出したところであります。
4.全世代型社会保障
次は、全世代型社会保障についてであります。
こちら(15ページ)は、社会保障給付費の伸びを表したグラフです。申し上げるまでもないことですが、少子高齢化を背景にして、わが国の社会保障給付費は増加の一途を辿っております。グラフのとおり、直近では140兆円近くにまで達しております。また、折れ線グラフは、社会保障給付の対GDP比ですが、90年代は10%台前半で推移していたものの、近年は20%を超えるところまで上昇しております。
こちら(16ページ)は、社会保障費の負担の構造を示したものです。左の棒グラフの「負担」のところをご覧いただきますと、皆様ご存じのとおり、先ほど申しました社会保障給付費は、公費、つまり税と社会保険料で「負担」されています。なかでも、上の青い部分「公費」の中で、黒の太い線で囲った「国費」、つまり、国で負担している部分は、2024年度の予算ベースで37.7兆円あるわけですが、このうち赤い線で囲った「消費税」は23.8兆円になります。つまり、この差である約14兆円という国で負担する部分を、社会保障財源である消費税だけでは賄えていない、という状況がお分かりいただけるかと存じます。
では、賄えていない分をどうしているかと申しますと、財政赤字、つまり国債の発行によって賄っているというのが現状であります。
右側のグラフをご覧ください。このグラフは、国民負担率のグラフで、下側にある赤い棒グラフが財政赤字の負担になります。この赤い部分が恒常的に続いており、我々はこの部分を将来的に負担せざるを得ません。また、オレンジ色の棒グラフは社会保険料負担を示したものです。社会保険料は現役世代への負担が大きいもので、しかも、その負担割合は年々増加している現状にあります。
すなわち、少子高齢化を背景に増加の一途を辿る社会保障給付費は、現役世代への負担が大きい社会保険料に過度に依存していると同時に、それでも足りない部分は、財政赤字で賄って、それが恒常化している状況にあるわけです。これこそが現役世代、とりわけ若年層が抱える将来不安であり、持続的な社会保障制度を整える必要があります。
また、こちら(17ページ)は、日本の人口構成の将来推計を表したグラフです。このグラフの特徴は、真ん中の赤い線の「50歳」を基準にして人口構成の推移を見ているところにあります。グラフの赤い線の、上が50歳以上、下が50歳未満になります。戦後初期では50歳未満の若い世代が8割を超えていましたが、その後、少子高齢化が進み、足もとでは、50歳未満と50歳以上の人口割合がほぼ等しくなっています。さらに、今後、このトレンドは続きますので、21世紀後半になりますと、50歳以上が6割程度のところで頭打ちになると見込まれています。
現在の社会保障制度は、若い世代の割合が高かった1960年代から80年代にかけて作られました。当時の65歳以上人口比率は、10%程度であったものが、現在は30%、2040年代には35%を超えることが見込まれています。全世代型社会保障制度の構築に向けた議論には、こうした将来的な人口構成も念頭に置かなければなりません。
続いてこちら(18ページ)、まず左側のグラフをご覧ください。
2000年と2023年を比較した際の社会保険料と税による可処分所得の下押し効果を表しており、社会保険料、税の両方で、負担が増加しています。とりわけ、現役世代の負担が大きい「社会保険料」による下押しが大きいことがお分かりいただけるかと存じます。
右側のグラフは、世帯主の年齢別の消費性向の推移です。全体的に低下傾向にありますが、オレンジ色の世帯主年齢が34歳以下の若年層は、茶色の世帯主が65歳以上と比べて、消費性向が低く、直近の数値で見ると、実に20%も低い現状にあります。この背景には、若年世代の将来不安の深刻化があると言わざるを得ません。現役世代に負担の大きい社会保険料の増加が続き、可処分所得が下押しされ、しかも、繰り返し申し上げているとおり、わが国の財政状況は極めて厳しく、財政赤字が恒常的に続く構造にあります。
若年世代の多くが、この国の財政は大丈夫か、わが国の社会保障制度は持続可能なのか、といった漠とした将来不安を抱え、安心して消費ができず、賃金引上げをしても少しでも貯蓄に充てようとしている。こう考えざるを得ないのではないでしょうか。
こちら(19ページ)は、国民負担率の国際比較です。よく社会保障制度のモデルとされる欧州は、中福祉・中負担であり、消費税率は20%程度となっております。日本も中福祉を求めるのであれば、中負担とすべきではないかと問題提起をしております。
そこで、今般、FD2040では、社会保障制度の見直しに当たり、20ページのとおり、税と社会保険料を合わせた国民負担のあり方を一体的に見直し、総合的に検討する組織「税・社会保障一体改革推進会議」の設置を提言しています。
先ほど申し上げましたように、社会保障制度改革は、分配政策でもあり、同時に少子化対策でもあり、さらに、労働参加を促す政策でもあります。加えて、社会保障の財源論は「財政の問題」そのものであります。見直しにあたっては、単に社会保障制度だけの問題にとどまることなく、このように多岐にわたる論点も含めた議論を、官邸主導で行うべきです。
見直しのポイントは、現役世代への負担が大きい社会保険料の増加を抑制し、税による財源確保を進め、税と社会保険料のバランスを適正化する。そして財政健全化も進める。こうした点にあると考えます。
具体的には3点あります。FD2040では、①応能負担の徹底、②消費増税、そして③企業の応分の負担、この3点を提言しています。①応能負担の徹底については、マクロ計量モデルの試算の中で検討しました。また、応能負担の徹底だけで財源確保が十分でなければ、②消費税や③企業の応分の負担も検討しなければなりません。
ただし、強調しておりますように「成長と分配の好循環」の実現を阻害するようでは、元も子もありません。そこで、負担増のタイミングは、当然、景気等への影響を勘案すべきであり、特に消費増税につきましては「逆進性対策」も必要です。
こちら(21ページ)で、マクロ試算の中で検討した、「応能負担の徹底」の具体的な内容をご説明いたします。
先ほど、見直しのポイントで申し上げましたように、社会保険料の増加を抑制し、税による財源確保を進めて、税と社会保険料のバランスを適正化するという観点から、下のグラフで示したように、富裕層を含む上位層の所得税等の負担拡充を段階的に行い、2034年度までに年間約5兆円程度の税収を確保し、その税収を社会保険料負担の抑制に充当するという提案を行いました。グラフでお示ししたように、税による負担増で得られた財源を社会保険料の負担軽減に充てることで、オレンジ色の社会保険料負担率は、高齢化が進む中でも、横ばいで推移すると試算いたしました。ただし、先ほどマクロ試算の前提の所で申しましたように、税による負担増を行っても、富裕層の可処分所得がプラスで推移することを前提とした負担の水準を試算としたところです。
昨年12月にこの提言をしたところ、負担に関わる提案ですので、この負担増の提案について、ご意見をいただきました。もちろん、この試算は、あくまで一例として示したものです。わが国が避けては通れない「少子高齢化、人口減少」を踏まえ、「公正・公平」で「持続可能」な社会保障制度をどう確立していくべきか、わが国に残された時間的猶予はありません。是非、国民的な議論が起こることを、心から期待しているところです。
それから、こちらは(22ページ)、その他の主要な施策になります。3点ご紹介します。
1点目は、「マイナンバーの活用」です。公正・公平な制度の基盤として、マイナンバーと所得・資産の紐づけの義務化が必要です。また、マイナンバーの活用を通じて、困窮者等の真に必要な方への適時・適切なプッシュ型の給付を、効率的に実現できると考えます。
2点目は、社会保障制度における、いわゆる「年収の壁」問題についてであり、「第3号被保険者」のあり方を、10年、20年先の将来を見据えた見直しを行っていかなければなりません。
23ページにも記載のとおり、そもそも、1980年代に4割程度だった共働き世帯は、もはや7割を超えております。専業主婦世帯が多数派だった時代の制度を見直していくことは当然の帰結であります。ポイントは、「働き方や年齢に中立」で「労働参加を促す」制度。これを目指していくべきと考えます。
3点目として、持続可能で質の高い医療・介護制度に向けた取り組みも欠かせません。労働者不足の中、申し上げるまでもなく、AI、ロボット等を活用した医療・介護分野におけるDXの推進なども積極的に進めていかなければなりません。
5.環境・エネルギー
続きまして、環境・エネルギーです。
先ほども申し上げましたように、わが国が克服すべき課題の一つは、資源を持たない島国であるということです。こうした中で、カーボンニュートラルを実現し、同時に、エネルギーの安定供給も実現して、わが国の産業競争力の強化、ひいては経済成長を実現させる必要があります。
グリーントランスフォーメーション(GX)は、これらいずれにも取り組むものであり、わが国にとって喫緊の課題であります。
こちら(25ページ)は、過去10万年間の気候変動を表したグラフです。我々が生きる完新世は1万年前から現在まで続いておりますが、この時代の気候変動は±0.5℃以内です。非常に稀有な時代であります。それが今や、わずか300年前の産業革命前から比較して1.5℃から2℃の気温上昇が起こっています。現在がいかに深刻な問題に直面しているかお分かりいただけると思います。こうした人類活動による気候変動等の動きを踏まえ、現代は「人新世」という時代区分に属していると提唱する学者もいます。
こちら(26ページ)は、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇を示したグラフです。産業革命以前の280ppmから足元では400ppmを超えており“point of no return”まさに後戻りできない状況まできています。今後、450ppmを超えれば、“tipping point”(臨界点)を超えて、温暖化に歯止めがかからなくなる可能性が高まっています。いわば「地球が悲鳴を上げている」ような状況であり、我々人類は、プラネタリー・バウンダリーの「境界」に足を踏み入れています。
こうした危機感から、GXの推進は、私が経団連会長に就任してから、最重要課題として取り組んでまいりました。
こちら(27ページ)は、2050年のカーボンニュートラルの実現、すなわち温室効果ガス(GHG)の削減に向けた7つの道筋を示したものです。
CO2は、電源、熱源、材料、この三つから排出されます。そこでまず電源について、(1)CO2を排出しないゼロエミッション電源の確保を進め、(3)次世代電力ネットワーク、いわゆるグリッド網を確立します。そのうえで、そのゼロエミッション電源を利用するべく、できる限り、(2)熱源を電源に切り替えて、電気自動車(EV)等に代表されるように、電化を推進します。それでも残る熱源については、(4)CO2を排出しないカーボンフリーの水素・アンモニア等を導入し、材料については、(5)カーボンリサイクル、ケミカルリサイクルを進めます。もちろん、(6)省エネの徹底、生産プロセスの変革、革新的製品・サービスの開発・普及も行います。最後に、それでも排出されるCO2については、DACCS(大気中のCO2の直接回収・貯留)など、(7)CO2を吸収するネガティブエミッション、いわゆるカーボンネガティブの技術で対応する必要があります。カーボンニュートラルの実現には、これら7つすべてに取り組むことが不可欠であります。
28ページのとおり、GXの推進に必要なことは、①GX投資の推進、②成長志向型カーボンプライシング、③AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)構想の推進とグリーンマーケットの創出、の3つであります。
まずGX投資の推進について、カーボンニュートラルの実現は、イノベーションの力なくして成し得ません。10年で20兆円のGX経済移行債を活用し、個々の民間企業では対応が困難なイノベーションの創出や、社会インフラへの投資を行う必要があります。これによって、民間企業の予見可能性が高まり、民間投資が促進され、官民連携で10年で150兆円の投資を実現すべきです。しかも、カーボンニュートラルの実現は研究も設備投資も国内で求められるものであり、つまり、こうした投資は主として国内投資として行われるものです。
こうしたGX経済移行債の取り組みは、いわゆるModern Supply Side Economicsのモデルケースでもあります。
Modern Supply Side Economicsとは、アメリカのイエレン前財務長官が提唱したもので、従来の規制改革等のSupply Side Economicsに加えて、社会課題の解決にターゲットを絞った政府による財政支出を通じ、民間投資を促進する考え方です。長期計画に基づいて複数年度にわたって政府がコミットし、官民連携を推進していくものであります。
また、成長志向型カーボンプライシング構想の具体化も重要です。わが国において、温室効果ガス(GHG)の削減と、産業競争力の強化を両立させるGX-ETS(排出量取引制度)の適切な設計・運用が求められます。これは、GX経済移行債の償還財源を確保することにもつながります。
次にグリーンマーケットの創出です。GX製品に係るグリーン価値の「見える化」に向けたルール整備も重要です。指標として、カーボンフットプリントや「削減実績量」「削減貢献量」を活用したり、GX製品に対する需要の創出に向けて、公共調達、GX製品購入のインセンティブ付与、グリーン価値に対する理解醸成等を通じたグリーンマーケットの創出も求められます。
さらに、AZEC等を活用して、日本企業が有する革新的技術やGX製品を海外に展開していくことも重要です。
このようにGXの推進は、単にカーボンニュートラルの実現という気候変動問題への取り組みに留まらず、国内投資の拡大に向けた産業政策であり、イノベーション創出に向けた科学技術・イノベーション政策であり、さらには経済外交のツールでもあります。カーボンニュートラルの実現と、産業競争力の強化・経済成長の両立に向けて、GXの推進は、冒頭に申し上げたように、まさに一つの施策に留まらず、多様な施策が必要とされる取り組みであります。
こうしたカーボンニュートラルの実現、GXの推進において、もっとも重要なのは、ゼロエミッション電源の確保であります。S+3E(安全性、エネルギー安全保障・安定供給、経済効率性、環境性)を前提に、再生可能エネルギーを最大限に活用しつつ、準国産のベースロード電源である原子力を含む核エネルギーの利活用が必須であります。四方を海に囲まれグリッド網がない、平地が少ない、海溝も深いといったわが国の地理的ハンディを踏まえれば、再生可能エネルギーの導入には、自ずと限界があります。しかも、再エネは変動性電源であります。我々の日常は、晴耕雨読というわけにはいかないと思います。しかも、アイスランドの地熱発電やフランスの原子力発電等にみられるように多様な電源があり、グリッド網を通じて各国が電力を融通できるヨーロッパと異なり、わが国は多様なエネルギー源も隣国とのグリッド網もありません。
こうした中にあっては、準国産のベースロード電源である原子力を含む核エネルギーの利活用は、当然の論理の帰結だと考えます。
こちら(29ページ)は、原子力発電所の設備容量の推移を表したものです。足元で再稼働した原子力発電所は14基であります。政府の第6次エネルギー基本計画における2030年度のエネルギーミックスでは、原発の電源構成割合は2割、つまり約27基の稼働が必要ですが、現時点でまだ半分の状況です。安全性が確認された既設原発については、地元の了解が大前提でありますが、理解を得て、着実に再稼働を進めていかなければなりません。
さらに、この図のオレンジ色の部分のとおり、原発の耐用年数を60年としても、2040年以降、わが国の原発の設備容量は急減します。第7次エネルギー基本計画では、2050年に原子力の電源構成割合を約2割とする予定ですが、それには約40基の稼働が必要です。しかしながら、稼働可能な原発は、2050年には23基、2060年には8基にすぎない状況です。しかも、この数字の前提となる2050年の総発電電力量1.5兆kWhは、4年前の第6次のエネルギー基本計画策定時の推計値であり、生成AI/データセンター等での今後の電力需要の増加は想定しておらず、急増する可能性があります。このグラフや数字からも、お分かりのとおり、今後、わが国において、ゼロエミッション電源を確保していくには、既存原発の再稼働にとどまらず、次世代革新炉による新増設・リプレースを進めていかなければなりません。
こちら(30ページ)は、次世代革新炉の開発について、まとめたスライドです。今後の新増設・リプレースに当たっては、当面は、実装段階にある革新軽水炉やSMR(小型モジュール型原子炉)の活用を進めつつ高温ガス炉や高速炉の開発を進めるべきと考えます。高温ガス炉では、最大900℃の熱源と、ヨウ素(I)と硫黄(S)の化学反応を組み合わせるISプロセス反応を用いて、カーボンニュートラルに向けたキーマテリアルである水素を、クリーンに低コストで大規模に製造することが可能となります。よく話題になるグリーン水素やブルー水素は、値段が非常に高く、かつ海外から輸入する必要がありますが、高温ガス炉で製造する水素は大幅な価格低下が見込まれます。
また、申し上げるまでもなく、原発は、放射性廃棄物という致命的な欠陥を抱えております。高速炉は、使用済みの核燃料を再処理して燃料として使用することで、高レベル放射性廃棄物を減容化し、廃棄物の量を1/7にするとともに、有害度を低減し放射能の減衰期間が10万年から300年に短縮することが可能となります。
加えて、再処理した燃料は、現在の軽水炉で利用する、いわゆるプルサーマルでも、有害度は10万年から8000年に低減し、廃棄物の量は1/4に減容化することが可能となります。
したがって、放射性廃棄物の問題に対しては、高速炉の開発も含め、使用済み核燃料の再処理による核燃料サイクルの確立が必須であります。
とりわけ、27回も延期されている青森県六ケ所村の再処理工場の竣工が待たれるところです。27回の延期、これはどこかがおかしいと言わざるを得ません。核燃料サイクルの確立、さらには最終処分場の確保などバックエンドの課題に取り組むことが極めて重要であることは論を俟ちません。
しかし、高速炉の開発が進み、核燃料サイクルが確立しても、放射性廃棄物をゼロにすることはできません。そこで、将来的には、放射性廃棄物がほとんどでない、核融合の開発に取り組むべきです。核融合は、DD反応(重水素と重水素)ないしはDT反応(重水素とトリチウム)によるもので、膨大なエネルギーを抽出し、「地上の太陽」とも呼ばれています。原発における核分裂とは、原理が基本的に異なり、放射性廃棄物もほとんど発生せず、トラブルがあれば反応は即停止します。したがって、こうした核融合の特性を踏まえた、新たな安全性基準を設ける必要があります。
このように、今後の次世代革新炉と核融合の開発に向けて、それぞれに特徴と重要性があることから、いずれにも注力していかなければなりません。
こちら(31ページ)は、次世代革新炉、核融合の開発スケジュールになります。実証段階にある、高温ガス炉、高速炉を見ますと、中国、ロシアでの開発が先行しております。
特に、高速炉について、ロシアでは実証炉が既に稼働しており、2030年代にはロシア、中国ともに商用炉の導入が予定されています。例えば、ロシアや中国が、こうした高速炉を第三国に輸出し、原発の運用、核燃料の提供、使用済み核燃料の再処理から、その再利用まで一貫して対応することになれば、これはエネルギー安全保障の問題を飛び越えて、安全保障の問題そのものに直結すると言わざるを得ません。
したがって、わが国としては、次世代革新炉の開発に向けて、先ほど申しましたGX経済移行債を活用するなど、政府が前面に出て、今までにないような大規模な投資を進め、開発のペースを大幅に前倒しすべきと考えます。また、核融合についても、開発のペースを大幅に前倒しすべきです。
私は先般、核融合の国際開発プロジェクトであるITER(イーター:国際熱核融合実験炉)を視察しました。一部部品の不具合からプラズマ制御試験の稼働の延期が発表されましたところであります。しかし、プラズマ制御試験の稼働は遅れるものの、今後のスケジュールを組み替えることで、核融合の反応は予定通り稼働させるそうです。いつまでたっても、理論上の話、「あと30年」などと言われてきた核融合ですが、着実に具体化していると感じました。ITERは中国やロシアを含め、8カ国が集まっておりますが、その役割を終えつつあり、今後は各国の開発競争になります。お会いしたITERのバラバスキ機構長によれば、もし現時点で、核融合を各国独自で実現しようと思えば、最も技術力を有しているのは日本であり、革新的な技術や部材はほとんど日本が提供するだろうとのことです。
一方で、こうした核融合についても、中国の開発スピードの速さについて、現地のスタッフの方から驚きの声を耳にしました。2027年には中国で大型実験装置が稼働し、さらにはITERと同規模の試験炉を建設するとの報道も目にしています。こうした状況を踏まえ、わが国において、現時点でのアドバンテージを最大限に活かすべく、大規模な投資を行い、核融合の開発スピードを大幅に上げていかなければなりません。
6.地域経済社会
次は、地域経済社会になります。
本日は、今般、新たに提言しました「新たな道州圏域構想」に絞ってご紹介したいと思います。
冒頭申し上げたとおり、少子高齢化・人口減少は、わが国が克服すべき大きな課題です。日本全国で相似形に人口が縮小していけば、真っ先に影響を受けるのは規模の小さい地方自治体です。しかも、こちら(33ページ)のとおり、1976年と2040年の人口推移を見ますと、首都圏だけが生産年齢人口が増加し、それ以外の地域では20%~40%という驚くべき減少度合いです。このように、東京一極集中が、ますます進むと想定されています。
こうした中にあっては、既存の地方自治体ごとの取り組みには限界があります。既存の自治体の垣根を越えて、より広い圏域で連携し、切磋琢磨することが重要と考えます。
そこで、今般、FD2040では、「新たな道州圏域構想」として、都道府県より広域のブロックを一つの仮想単位、すなわち道州圏域とし、この道州圏域ごとに、独自施策を実行できる仕組みを提案しております。
こちら(34ページ)は、この新たな道州圏域構想のイメージです。
概ね各電力会社がカバーしているエリアです。過去、道州制の推進が図られましたが、行政区分をどうするのかという制度的な区割りに議論が集中し、なかなか議論がまとまらなかったことは、皆様ご承知のとおりであります。
そこで、この「新たな道州圏域構想」では、こうした道州圏域は、仮想的、バーチャルなものであることを強調しております。人口500万人以上の規模の道州圏域において、中心都市、コンパクトシティ、地域生活圏などが連なる形で、既存の行政区域に囚われない重層的な広域連携が進むことを想定しております。なお、人口500万人以上という規模は、おおよそ北欧諸国の人口規模などを参考にしております。2023年の人口を見ますと、スウェーデンはおよそ1,000万人、フィンランド、ノルウェー、デンマークはおよそ500万人規模であります。
こちら(35ページ)は、そうした道州圏域での取り組みのイメージ図であります。各圏域が、その特色を活かして、互いに切磋琢磨していくことが重要です。従来の地方創生は、観光・農業ばかりが取り上げられてきましたが、道州圏域で考えれば、エネルギー立地と産業政策の連携、地方大学の統合・再編、コンパクトシティ化、防災減災などに取り組むべきと考えます。また、ワット・ビット連携と呼ばれているような、エネルギー立地を踏まえたデータセンターの設置といった取り組みが考えられます。
さらには、自然災害への対応も考えなければなりません。昨今の各地における災害の頻発化・激甚化をみると、日本の気候はもはや亜熱帯化していると言わざるを得ないと思います。このように自然環境が大きく変わる中にあって、将来の災害に備えた防災まちづくり、防災DXの活用、インフラの点検・再整備について都道府県の単位に留まらず、より広域な道州圏域での議論も必要ではないでしょうか。
1月の石破総理の施政方針演説において、「広域リージョン連携」が打ち出されました。経団連として、これが道州圏域構想の議論につながることを期待しているところです。
7.教育・研究
続いては、教育・研究についてです。
ここも、今般、新たに提言しました、「大学の研究力の抜本強化」についてご紹介したいと思います。冒頭に申し上げましたように、FD2040では、わが国の2つのパスウェイとして「貿易・投資立国」と「科学技術立国」を掲げました。ホームマーケットが小さく、資源を持たない島国である以上、日本が「貿易・投資立国」を掲げることは当然でありますが、同時に「科学技術立国」であることもセットで求められています。
こちら(37ページ)は、人口100万人当たりの博士号取得者数の推移について国際比較をしたグラフになります。科学技術立国の担い手であるはずの博士人材は、例えば、米国、韓国などでは20年前と比べて2倍から3倍に増加するなど、諸外国は増加傾向にある一方で、わが国は低水準かつ横ばいです。人口減少に伴い、実質は減っており、極めて厳しい状況にあります。また、上位10%の研究論文の引用数について、日本の地位の低下が指摘されて久しいところであります。
こちら(38ページ)の表は、30年間のトップ10%の論文の数やシェアの推移を示した表です。日本は、2000年代には4位でしたが、2010年代には8位、2020年代には13位となり、韓国にも劣後しています。毎年10月にノーベル賞の受賞者が発表され、多くの日本人の方が受賞されるのを見て、わが国は「科学技術立国」であると、当然のように考えていると思いますが、それはもう幻想に近いのではないでしょうか。
では、なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか。
私は、2016年から3年間、CSTI(総合科学技術イノベーション会議)の民間議員を務めてきました。その当時の自戒も込めて言えば、イノベーションの創出に向けて、社会実装を重視し、将来からバックキャストして「選択と集中」を行う、という産業界を中心に出ていた意見を重視しすぎてしまったのではないかと思っています。むしろ、イノベーションの多くは思わぬところから起こるものであります。現在、経団連では、短期目標を設定せず、多様性と融合によってイノベーション創出を目指す、いわゆる「創発研究」の重要性を強調しているところです。
しかし、科学技術予算は、大学の運営費交付金等を削減し、大学の基盤的経費が削減される一方、科学技術のトレンドに集中するべく、競争的資金を増やしてきたところです。その結果として、研究者は、基盤的経費が削減され、研究のための自由になる資金が不足することになり、競争的資金を獲得するための申請書類の作成や、資金を獲得した後の定期的なレポートの作成を行っています。こうした状況から、特に若手の研究者は、短期の目標に追われて、申請書やレポートの作成に膨大な時間が割かれ、十分な研究時間が確保できず、疲弊しきっています。昨今の円安もあり、海外の学会に出張することもままなりません。こんな本末転倒な、悪循環に陥っている窮状を、大学現場からよく耳にします。
したがいまして、こうした「選択と集中」による政策を改める必要があると考えます。
こちら(39ページ)の上の図のように、国際卓越研究大学等の大学ファンドによるトップ校支援を加速し(高さの引上げ)、同時に、科研費の倍増など基盤的経費を拡充する(裾野の拡大)、この両方を行う必要があります。
とりわけ、下の図のとおり、現在2400億円程度の科研費を倍増するといった措置が必要だと思います。研究者が十分な資金と時間を得ることで、基礎研究を充実し、研究力を抜本的に強化すべきであります。いわば「研究者に金と時間で不自由させない」。こうした環境整備を可及的速やかに行う必要があります。
当然ながら、その際には、先ほどの道州圏域構想のところでも申しましたが、大学の再編・統合や経営改革も必須であると考えます。
8.労働
次は、労働についてであります。
こちら(41ページ)では、「構造的な賃金引上げ」に向けて必要な施策につきましてご説明したいと思います。
このFD2040で強調している「成長と分配の好循環」のキーとなる「分厚い中間層の形成」には、構造的・持続的な賃金引上げが重要であることは論を俟ちません。そして、その実現には、円滑な労働移動や、多様な人材(外国人、女性、高齢者)の活躍、労働法制の見直しなどが必要になります。
この中でも、特に重要なのが、「円滑な労働移動」です。これは、岸田前総理のもと、新しい資本主義実現会議で議論してまいりました。
資本主義の長所は、市場を通じて、資源を適正に配分できることにあります。しかしながら、こと労働という観点で考えれば、資源は「人」であり、「人」の資源配分は、モノやカネのように瞬時に実現するわけではありません。さらに言えば、わが国の労働市場は極めて硬直的であります。私が就職した頃は、就「職」とは名ばかりで、就「社」、つまり一生同じ会社に勤めることが普通でした。
そこで、新しい資本主義実現会議では、「三位一体の労働市場改革」(リスキリング、職務給、円滑な労働移動)を掲げ、リスキリング、ジョブ型人事の導入、雇用のセーフティネットの見直し、働き方や年齢に中立的な制度の整備などに取り組んできました。企業自身の生産性の向上による賃金引上げだけでなく、こうした取り組みによる円滑な労働移動の結果として、企業同士が切磋琢磨し、賃金が上がっていくことを目指すところであります。
構造的・持続的な賃金引上げに向けて、円滑な労働移動を実現し、その結果として賃金の引上げが実現する。このサイクルを回すことに引き続き、取り組んでいく必要があります。
こうした取り組みについては、先ほど、社会保障のところでもご紹介したように、家族構成の変化を踏まえることが重要です。
こちら(42ページ)の左側のグラフのとおり、共働き世帯と専業主婦世帯の割合は、1980年代には4割程度だったものが、2023年には全体の7割を超えている状況にあります。労働政策、社会保障制度の見直しは、こうした状況を踏まえなければなりません。
加えて、労働参加という観点では、女性のM字カーブは解消されたという話を耳にすると思いますが、正社員に限ればむしろL字カーブになっています。つまり、結婚して子育てに追われると、女性は正社員でなくなる傾向にあるということです。これはなぜか。右側のグラフのとおり、日本は諸外国と比べて、男性の家事や育児といった無償労働時間が短いという課題があります。よく、男性は家事・育児を「手伝う」と言いますが、「手伝う」のではなく、ともに行っていかなければなりません。シニアとジュニアの関係から、男女が真にイコールパートナーになれるよう、取り組みを進める必要があります。
9.イノベーションを通じた新たな価値創造
続いて、イノベーションの創出について、お話したいと思います。
44ページのとおり、Society 5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな目指すべき社会として、経団連が掲げ、2016年の第5期科学技術基本計画で提唱されたものであります。経団連では、中西会長を中心に、積極的に推進してまいりました。難しく言えば、サイバー空間とフィジカル空間を融合するということで、主にはデジタル技術を有効活用するということです。
そのSociety 5.0をさらにアップデートし、イノベーションを通じて、経済成長と社会課題解決が持続的に実現している社会を目指す、これを「Society 5.0+」としています。
イノベーションの創出に向けては、ダイナミックな経済財政運営の考え方のもと、GXだけでなく、AI・デジタル/バイオ/宇宙といった分野や新たな成長分野であるエンタメ・コンテンツなどに対し、中長期の戦略に基づいて政府が積極的に先行投資し、企業の予見可能性を高めるべきだと考えます。
とりわけエンタメ・コンテンツは、今後のわが国にとって非常に重要な新たな成長産業であります。海外売上げは鉄鋼や半導体の輸出額にも比肩し、インバウンドの拡大、ひいてはわが国のソフトパワー強化にもつながるものです。ぜひエンタメ・コンテンツを、わが国の基幹産業の一つとして位置付け、司令塔機能強化、人材育成・確保、積極的な海外展開等に取り組むべきであります。
また、45ページのとおり、スタートアップは、イノベーション創出の重要な担い手です。経団連では、南場副会長が指導力を発揮され、2022年3月に、「スタートアップ躍進ビジョン」を取りまとめ、スタートアップの数を10倍にし、最も成功するスタートアップのレベル(高さ)も10倍にする「10X10X」の取り組みを進めております。この考え方は、政府の「スタートアップ育成5か年計画」においても取り入れられ、実行されているところです。
特に、この高さの引き上げのカギはディープテック(*)にあります。研究とスタートアップの好循環“Science to Startup”を日本全体に根付かせ、ディープテックスタートアップを数多く創出すべきです。
この実現を加速する人材としても、先ほども申し上げた博士人材の育成は急務であります。
(*)社会に大きな変化をもたらす新たな科学的発見や革新的技術。または、それらの事業化・社会実装への取組み。
10.経済外交
最後に、経済外交についてであります。
申し上げるまでもなく、米国のトランプ大統領の新しい施策の数々が、国際情勢を大きく揺るがしています。予見可能性を著しく低下させ、混迷の度を深めています。また、ロシアによるウクライナ侵略やガザの紛争など国家規模の武力紛争が続いておりさらに、グローバルサウスが台頭するなど国際秩序が大きく揺らぐ一方で、国連やWTO等のグローバル・ガバナンスは機能不全に陥っています。
こうした中にあって、47ページのとおり、資源を持たない島国であり、欧米のように巨大なホームマーケットを持たない日本にとって、ルールに基づく、法の支配に基づく自由で開かれた国際経済秩序の維持・強化は、FD2040で掲げる「貿易投資立国」の大前提であります。
この実現には、主体的な外交が欠かせません。同志国を含む複数国間の協力やルール整備などにリーダーシップを発揮する必要があります。そうすることで、成長著しいグローバルサウス諸国からも選ばれる国となることができるのではないでしょうか。
また、経済安全保障の観点も重要であります。戦略的自律性を確保すべく、食料・資源・エネルギー等の特定国への過度な依存を回避することが重要です。
同時に、戦略的不可欠性を維持・獲得すべく、“small yard, high fence”の原則、技術分野の特定や、重点的な投資を通じた先端技術流出の防止などを徹底する必要があります。
11.おわりに
以上、6つの施策についてご紹介させていただきました。
最後に、「おわりに」ということで、改めて私の思いをご紹介して、本日の講演を締めくくりたいと思います。
こちら(49ページ)は、最初にご紹介した「はじめに」と同様、「おわりに」として、資料にも、パンフレットにも、そのまま掲載している私の考えをご紹介したものです。
本来であれば、FD2040は、日本の未来社会のあるべき姿を描いたものですので、明るい未来を語るべきところかと思います。しかしながら、足もとを見渡せば、そうも言ってはいられないのではないかと思います。何より、現在の世界は、分断・対立がより一層深刻化し、混迷の時代を迎えようとしていると言わざるを得ません。
なぜ、このような状況になっているのでしょうか。
私自身は、その根底には、所得に限らず、教育や医療も含めた「格差の問題」、これに対する人々の怒りや不安があるように思えてなりません。「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、日々の暮らしが安定してこそ、人々は理性的な判断が可能となると考えます。我々は、今、未来のために何をすべきなのでしょうか。
そこで、繰り返し申し上げてきたキーワードが「成長と分配の好循環」であります。まさにこういう時代に必要な言葉だと思います。持続的な成長なくして、我々の経済社会が成り立ちえないのは、言うまでもありません。しかしながら、行き過ぎた資本主義の弊害が示すように、成長だけですべてが解決するわけではないと私は考えます。やはり、同時に分配の議論なくしては、持続的な成長は成し遂げられません。本日の講演で、繰り返し申し上げてきたとおりであります。そして、はじめに申し上げたように、より良き社会なくして経済は成り立ちえない、こう考える次第であります。
経団連は、「公正・公平で持続可能な社会」を目指して、引き続き、「成長と分配の好循環」の実現に正面から向き合い、取り組んでまいります。
本日はご清聴ありがとうございました。