経団連のイノベーション委員会ヘルステック戦略検討会は4月7日、オンラインで会合を開催した。東洋大学の山田肇名誉教授から、デジタルヘルス推進の現状と課題について説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ 「治療」から「予防」への転換
デジタルヘルスによって、医療は「不幸なヒトを治す治療」から「不幸を未然に防ぐ予防」への大転換が起きている。予防は全人口への「ポピュレーションアプローチ」(注)によって効果を発揮するが、その基盤には蓄積された個々人の医療情報が存在する。蓄積された個々人の医療情報から、急変の予兆や長期的変化の傾向を見つけることができる。予防を促進し、予兆・変化に対応できるデジタルヘルスは経済合理的でもある。例えば、デンマークでは、国民全員の医療情報が登録された情報基盤を使って新型コロナウイルスワクチンの接種優先順位を分類し、保険当局から国民一人ひとりに電子メールが届くシステムを構築した。カナダでは、慢性疾患患者の血圧や脈拍等を遠隔モニタリングシステムで管理することによって入院回数・日数が削減されるなど、費用対効果が優れることも証明されている。生体センサーや行動変容を促す治療アプリなど新技術も次々生まれている。日本においても、国民の健康増進に向けて、新技術を生み出すべく民間の力を一層活用する必要がある。
■ デジタルヘルス推進のための提言
デジタルヘルス推進には、医療情報を集積し利用する情報基盤の整備と、情報の保護と共有の適切なバランスをとる仕組みが求められる。OECDの調査によると、日本はいずれにおいても他の先進国と比べて低い評価となっている。途上国を含め各国はデジタルヘルスに動き、国際標準化活動が活発化している。国際競争の文脈で日本も対応を急ぐ必要がある。
日本のデジタルヘルス推進のために、次の五つを提言する。
マイナンバーを唯一の識別子とする。医療情報は患者本人が保有し、本人の同意のもとで、治療のために医師が使用するものである。仕組みとして複雑な医療等分野における識別子ではなく、マイナンバーを利用すべきである。
本人同意のもと、医療情報を積極的に活用する。個人ごとに蓄積された医療情報(PHR)の価値は、健康増進と個別化医療で発揮される。PHRの保有者は個々人であり、本人の同意によって健康増進と個別化医療に利用される。蓄積した医療情報を解析することでハイリスク層が抽出され、重点的な健康指導によって患者の行動変容が起きる。
電子カルテを全医療機関に導入する。紙カルテはデジタルヘルスを阻害する。標準仕様の電子カルテシステムを国費ですべての未対応診療所に導入しても、2000億円程度しかかからない。デジタルヘルスの経済合理性で、数年単位で投資を回収できる。
保険者は集めた保険料を予防に使用する。デジタルヘルスは、重症化予防を含む、予防(健康支援)の価値を高める。健康支援に力を入れることで、保険者は保険給付を削減する方向にかじを切る必要がある。
アクセシビリティ対応を義務とする。情報の受発信に課題を抱えがちな高齢者・障がい者のアクセシビリティに対応してこそ、デジタルヘルスは価値を発揮する。
(注)リスクの大小にかかわらず集団全体に働きかけ、集団全体として病気の予防やリスクの軽減ができるようにすること
【産業技術本部】