2021年のCOP26が世界的に注目されたように、気候変動は国際社会の喫緊の課題としてこれまでになく重要性を高めている。そのなかで、気候変動に対していち早く包括的に取り組む姿勢を示してきたのがEUである。
EUでは19年に新欧州委員会が発足すると、50年の気候中立達成を目標として掲げ、「欧州グリーンディール」を打ち出した。欧州グリーンディールは、(1)50年までの温室効果ガス(GHG)排出の実質ゼロ(気候中立)の達成(2)経済成長と資源利用のデカップリング(切り離し)(3)気候中立への移行において、誰も、どの地域も取り残さないこと――を主要目標としており、具体的な政策分野としてクリーンエネルギーの確保、循環型経済へ向けた産業戦略、持続可能な輸送、生物多様性保護、グリーンな農業、汚染対策など広範な分野を含む。そこからも見て取れるように、欧州グリーンディールは欧州の経済・社会のあり方を移行しようとするものであり、環境政策の枠にとどまらず、経済・社会政策を含む多面的戦略としての性格を有している。
こうしたEUの包括的な取り組みは、EU域内での大きな変化を要請するが、他方でその域外においても大きな影響をもたらすと予測される。
第1に考えられるのは、欧州のエネルギー構成の変化に由来する影響である。欧州外交政策評議会は、低炭素化・脱炭素化を進めるEUのエネルギー構成の変化に伴い、15年から30年までに石炭、石油、天然ガスの輸入がそれぞれ71~77%、23~25%、13~19%削減され、30年以降、石油、天然ガスの輸入も78~79%、58~67%削減(15年比)されると予測している。エネルギーのおよそ7割以上を化石燃料に依存するEUの急速な再生エネルギー導入は、欧州への燃料輸出を行ってきたロシア、中東、北アフリカ、中央アジア等諸国の政治経済に対し直接・間接に影響を及ぼす。
第2に、EUが導入を予定する炭素国境調整メカニズム(CBAM)のもたらす影響がある。CBAMはEUへ対象製品を輸入する際、炭素価格に対応した支払いを義務付けるメカニズムであり、21年7月にEUにおいて規則案が示された。対象製品として、現在は鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電力が予定されている。このメカニズムは、EUが域内で低炭素化、脱炭素化を加速していく際、より排出削減目標の緩い国や地域へ産業拠点が移転する、あるいはそれらの国や地域からの輸出が増大することで、結果的にGHG排出が増加してしまう、いわゆる炭素リーケージを防止する仕組みとして提案された。同時にこの仕組みは、EU域内の産業が気候変動対策に取り組むにあたり、その費用が競争上不利とならないよう域外に対して競争力維持を可能とする意味を持つ。したがってCBAMはEUが域内で低炭素・脱炭素社会への移行を進めるために不可欠な対外的政策でもある。
欧州グリーンディールは、このように欧州における対内的側面に伴う対外的側面を有し、貿易政策や外交政策的な側面も持つ。CBAMについていえば、まずはバイデン政権との間で米欧間の協調が可能となるかが重要な意味を持つであろう。他方で、CBAMは多くの国から懸念や抵抗も生じさせており、21年4月にはブラジル、インド、南アフリカ、中国は共同声明でこうした措置は差別的で不公正だと指摘した。同年7月の規則案でEUはWTOのルールと整合的なものとして提案を示した。しかし、EUがCBAMの導入を進めるためには法的整合性のみでなく、外交を通じ、先進国の枠を超えて国際的支持を広げることが重要となる。CBAMにとどまらず、欧州グリーンディールや気候変動への対応が諸国へもたらす影響に対し、EUがどのように諸国に働きかけ、気候変動政策における多国間協調を広げていけるかが重要な視点となろう。
【21世紀政策研究所】