経団連は11月2日、重要労働判例説明会をオンラインで開催し、延増拓郎弁護士(石嵜・山中総合法律事務所)が「経済産業省性同一性障害事件・東京高裁判決」を解説した。解説の概要は次のとおり。
■ 事件の概要
本事案は、(1)トランスジェンダー(身体的性別は男性だが、自認している性別は女性)である原告が、所属する経済産業省において女性用トイレを自由に使用させること等を要求事項とする行政措置の各要求について、認めない旨の人事院の判定の取り消しを求めたもの(第1事件)(2)女性用トイレの使用制限等に関して、原告が、国家賠償法第1条1項に基づき慰謝料等の支払いを求めたもの(第2事件)――である。第1審裁判所は、第1事件について、人事院の女性トイレを自由に使用させる旨の要求事項を認めない判定を違法として取り消し、第2事件について、女性トイレの使用を制限する処遇と同省職員の一部の発言が違法であるとして慰謝料請求を一部認容した。しかし、控訴審では、同省職員の一部の発言を除き違法性を否定し、原告のその余の請求を棄却した。
■ 判決の要旨
注目すべきは、トイレの使用に関する処遇の違法性を認めなかった点である。裁判所は、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益であるとした。一方、違法性については、(1)同省が原告から近い将来に性別適合手術を希望しており、そのためには職場での女性への性別移行も必要であるとの説明を受け、原告の希望や主治医の意見を勘案したうえで対応方針を策定し、トイレの使用に関する処遇を実施していたこと(2)その後も原告が性別適合手術を受けていない理由を確認し、戸籍上の性別変更をしないまま異動した場合の異動先でのトイレの使用に関する同省としての考え方を説明していたこと――等の事情を挙げて、違法性を否定した。さらに、同省は他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの法的利益も考慮し、原告を含む全職員にとって適切な職場環境を構築する責任を負っており、本件トイレに関する処遇はその責任を果たすための対応であったことも違法性を否定する理由として挙げている。
■ 実務上の留意点
トランスジェンダーのトイレ利用を規律する法律はない。この事案から、画一的な解決基準を見いだすことは困難である。企業においては、(1)申し出者の意向を十分に聴取すること(2)施設の規模・構造、改修費用のコスト等、各企業の具体的事情を考慮すること(3)他の従業員や第三者および施設所有者への影響を考慮し、理解を得ること(4)以上を考慮したうえで柔軟かつ具体的な決定をすること――などが重要である。また、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」や「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」の性自認に関する定めに留意する必要がある。
【労働法制本部】