経団連企業人政治フォーラム(大塚陸毅会長)は3月2日、オンラインで講演会を開催し、飯塚恵子読売新聞編集委員・論説委員から、「バイデン新政権 中国との『新冷戦』はあるか」と題する講演を聴いた。概要は次のとおり。
■ 匿名論文のインパクト
米国のバイデン政権が発足し、今ワシントンでは、ある論文をきっかけに、中国戦略をめぐる議論が花盛りで、米中間の「新冷戦」に進展するかどうかがあらためて焦点になっている。
そのきっかけとなったのは、今年1月28日に大西洋評議会が発表した匿名論文「The Longer Telegram」である。米ソ冷戦の封じ込め戦略を提案したジョージ・ケナン氏の「X論文」と同じ視点で、その根拠を列挙している。同匿名論文は、習近平氏を、世界の覇権を目指し、常にアメリカに挑戦する要注意人物と分析したうえで、バイデン政権に冷戦思考の対中戦略の採用を促している。
同匿名論文が特徴的なのは、軍事面について5つの明確なレッドラインに言及していることである。5つのレッドラインのうち、いま一番蓋然性が高く懸念されるのは、2番目の台湾の問題である。中国が台湾にすぐに武力侵攻することは想像しにくいが、日米の専門家らのなかでは、この1~2年で南シナ海で何らかの動きが起きるのではないかとの懸念が強まっている。明確なレッドラインを引くという戦略は、これまで「戦略的曖昧さ」を基本に据えてきた米国の台湾戦略の転換を促しているといえる。
「The Longer Telegram」が示した5つのレッドライン
- 米国とその同盟国に対する中国および北朝鮮による核、生物、化学の大量破壊兵器の使用
- 台湾と周辺諸国への軍事攻撃、経済封鎖、サイバー攻撃
- 東シナ海や尖閣諸島周辺で日本の主権を守る活動中の自衛隊への攻撃
- 南シナ海での新たな埋め立て、軍事化および航行および飛行の自由の阻害
- 米国の同盟国の領土や軍事施設に対する軍事攻撃
■ バイデン政権の対中戦略
バイデン政権は、左派陣営や共和党の圧力から、現時点で中堅ポジションの人事がまだ固まっていないが、内部では中国をめぐる議論が進展している。現在、同政権内には主に3つの対中戦略の方針があると思われる。
1つ目は、足元における左派陣営や共和党との対立の緩和、国際社会における民主主義・自由主義の盟主としての信用回復の必要性から、この1~2年は中国に対して新たな大戦略は打ち出さず、まずは足元を固めるということ。2つ目は、中国側が米国による明言を期待する「One-China Policy」(中国一国主義)というキーワードに当面は明確に触れず、取引のカードとすること。3つ目は、電池や半導体など重要5物資の調達について、できるだけ多様性を持たせるというサプライチェーンに関する大統領令。この3つ目は、米国として重要な意思表明であり、中国に頼らない姿勢を強くにじませている。中国と、いわば「部分的デカップリング」を進めていこうとしているといえる。
■ 日本の立ち位置
日本としては、軍事的な安全保障面では「戦略的曖昧さ」を残しつつ、一方で経済安全保障の面では、米国が進めるサプライチェーンの多様化で連携し、東南アジア、インド等々も巻き込んでいくことを積極的に米国に提言していくべきである。近年の日本は、トランプ政権時代に、安倍政権が提案した「インド太平洋」という概念が評価され、戦略として取り入れられるという、日米同盟の歴史のなかでもまれにみる成果を上げている。これに近い戦略を、バイデン政権が足元を固めるであろうこの1~2年の間に同政権に対して提案し、インプットしていくことが大事である。菅総理のリーダーシップが期待される。
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