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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2016年11月17日 No.3293 ストレスチェックを振り返る~今すべきことと今後に向けて<最終回> -集団分析実施上の留意事項/イオングループ総括産業医 増田将史

2015年12月から開始されたストレスチェック制度においては、ストレスチェックの回答結果を一定の部署単位ごとに集計させ、その結果について分析させること(集団分析)が事業者の努力義務として規定されており、その結果に基づいて職場環境改善につなげることが期待されている。

本稿では、職場でストレスチェック制度に基づく集団分析を実施するに際して留意すべき点について概説する。

■ 集団分析の位置づけ、目的

ストレスチェック制度は1次予防に主眼を置いていることから、集団分析は本来、その核となるべき事項である。ところが、労働安全衛生法には明記されず(改正法案成立時の附帯決議で示された)、省令・指針に努力義務として示されたという経緯がある。

指針では「集団分析結果に基づき(1)当該集団の労働者の心理的な負担を軽減するための適切な措置(2)管理監督者向け研修の実施又は衛生委員会等における職場環境の改善方法の検討等に努める・活用すべきものである」と示されている。

■ 実施上の留意点

厚生労働省が推奨する職業性ストレス簡易調査票を用いた場合、「仕事のストレス判定図」が集団分析結果として得られる。具体的には、全国平均を100とした場合のそれぞれの職場のストレス状況の点数が表示されるようになっている。

こうした集団分析の結果をもとに職場環境改善の取り組みが求められているが、これはあくまでも基準集団と比較した参考値、相対評価である。

集団分析結果の解釈をめぐり、厚労省のストレスチェック制度の検討会で、ある委員から「すぐ(職場の)リスクということではない」「この指標をバロメーターにして職場環境の改善に取り組んでいただきたいという趣旨」といった発言があった。ここから、職場ごとの労働者の精神疾患発症のリスク評価ではなく、職場環境改善のための指標としてとらえるべきだと考えられる。

したがって、部署ごとの点数でランキングして優劣をみるような行為にはあまり意味がない。それよりもむしろ、次のストレスチェックまでにどれだけ職場環境改善の取り組みが進められるか、プロセスを重視すべきである。受検率が低ければ、集団分析の精度は上がらない。職場環境改善とストレスチェックへの理解促進による受検率の向上を並行して推進することで、職場実態を鋭敏に反映する指標として活用が期待できる。

■ プライバシー保護の留意点

集団分析結果は個人結果を集計処理しているため、個々の労働者が特定されないという前提で、事業者にも労働者の同意なく提供可能とされている。しかし、少人数の場合は個人特定のおそれが生じるため、指針では、集計・分析の単位が10人を下回る場合には、集計・分析対象となるすべての労働者の同意を事業者への結果提供の前提として求めている。

他方、厚労省が今年、ホームページで公開したQ&Aで示した解釈では、「ストレスチェックの評価点の総計の平均値を求める方法であれば、10人を下回っていても集団分析(および事業者への結果提供)は可能、ただし極端に少人数の集団(2名)を対象とすることは個人特定につながるため不適切」と示されたため、10人以上という要件は有名無実化したように受け止められている。

実際には、10人を下回る集団を対象に集団分析を行う場合、衛生委員会等での調査審議、社内規程策定、労働者への周知等が求められることに留意する必要がある。

■ 安全配慮義務に関する論点

集団分析でも、事業者の安全配慮義務に関する議論がなされている。その論点は集団分析で高ストレスだった部署に勤務する労働者が精神疾患を発症した場合、事業者が責任を問われるかということである。

この点、厚労省マニュアルの集団分析・職場環境改善の手法を示した解説の「仕事のストレス判定図に基づく職場環境等の評価は、労働者の主観的評価の平均に基づいたものであり、必ずしも実際の職場環境等を反映したものにならない場合もあります。これはそのほかのストレスチェック調査票の回答の集団分析を用いた場合でも同様です」という記載が参考となる。

ストレスチェックは1次予防が主目的であり、精神疾患のスクリーニングではない「非医行為」という位置づけの制度である以上、個人・集団のいずれについても「高ストレス=精神疾患のリスク」という前提は成立しないはずである。

運用面に注目すれば、全員に受検義務が課せられていないために偏った回答集団となり得ること、自記式質問票であり容易に回答を操作可能であること等とあわせれば、集団分析の精度にはおのずと限界があり、安全配慮義務や責任に直ちに結びつくとは限らないはずである。しかし、その解釈の当否は、今後の集団分析に関する民事訴訟における司法判断を待つほかない。

また、現時点では集団分析は広く普及しておらず、十分に確立・周知されている手法といい難いため、努力義務という位置づけとなったものの、厚労省の検討会では義務化を求める声も多かった。今後の制度改定では、集団分析の義務化、職場環境改善の法的位置づけの動向について引き続き注視が必要である。

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