2013年6月に「障害者雇用促進法」(以下、促進法)が改正され、その一部が今年4月1日から施行されました。日本では、長きにわたり、事業主に障害者の雇用義務を課し、法定雇用率を満たさない場合は障害者雇用納付金を徴収する仕組みによって、障害者の雇用促進が図られてきました。
今改正では、障害者に対する「雇用差別の禁止」と「合理的配慮の提供」という新たな規定が盛り込まれ、障害者雇用の「量的拡大」のみならず、これからは「質的改善」が求められるなど、日本の障害者雇用制度にとっての転換点となると期待されています。また、障害者雇用の問題を、メンタルヘルス不調者の増大への対応や、同一(価値)労働同一賃金原則の議論を含む不合理な差別是正に向けたさまざまな動きと軌を一にするものとしてとらえると、今後ますます関心が高まる分野ともいえます。
本連載では5回にわたり促進法の改正内容を解説していきますが、今回は改正のポイントと改正に至る経緯について紹介します。
■ 改正の概要
主な改正点は次の3点に整理できます。
第1に、促進法の対象となる障害者の範囲を明確にするため、障害者の定義規定に新たな文言がつけ加えられました。ただし、改正前後で障害者の範囲に差異は生じないとされており、公布日(13年6月19日)に施行されました。とはいえ、障害者の範囲については、誰に対して差別をしてはならないのか、あるいは、誰に対して合理的配慮を提供する義務を事業主が負うのかという実務的にも重要な問題にかかわりますので、次回で詳しく解説します。
第2に、「障害者権利条約」の批准に向けた対応として、雇用差別の禁止、合理的配慮の提供義務および苦情処理・紛争解決援助制度の規定が盛り込まれました(16年4月1日施行)。差別禁止と合理的配慮については、事業主が対処すべき、または講じるべき具体的事項を定めた「指針」がそれぞれ策定されています(平成27年厚労省告示第116号・同117号)。
雇用差別については、男女雇用機会均等法により性差別が禁止されていますので、ある程度イメージしやすいかもしれません。ただし、障害者の場合には、障害が職務遂行上の能力に影響を与えることが少なくないことから、性差別とは違った側面があり、その点での難しさがあります。
他方、合理的配慮については、新しい概念であり、困惑する事業主も多いと考えられます。合理的配慮とは、一言でいうと「障害者がその障害ゆえに職務遂行上抱えるさまざまな支障を取り除くための必要な措置」をいいます。重要なことは、事業主と障害者とが話し合う場を設けるなど、手続きをしっかりと踏むことです。これらの点については、本連載の中心的テーマとして今後3回に分けて詳しく解説します。
第3に、これまで身体障害者と知的障害者に限定されていた雇用義務の対象に、新たに精神障害者保健福祉手帳の所持者も含まれることとなりました。これに伴い、法定雇用率(現在、民間の事業主は2.0%)の引き上げが見込まれます(18年4月1日施行)。人事労務管理の実務においては、最も関心の高い点であると思われますので、最終回でポイントを解説したいと思います。
■ 法改正に至る経緯
今改正(特に第2の点)の大きな契機となったのが、06年12月に国連において採択された「障害者権利条約」です。同条約は、締約国に対し、障害を理由とするあらゆる差別を禁止することを求め、合理的配慮を提供しないことも差別に該当すると定めています。各国が同条約を批准するなかで、日本も批准に向けた国内法整備を求められることになりました。
2度の政権交代や、内閣府を中心とする包括的な障害者差別禁止法の制定に向けた議論等の影響を受けつつも、雇用分野においては既存の確立されたプロセスである労働政策審議会(障害者雇用分科会)等での議論を経て、今般の促進法改正に至りました。なお、雇用分野以外の障害者差別の禁止および合理的配慮の提供については、促進法改正と同時期に制定された「障害者差別解消法」により、定めが置かれています(16年4月1日施行)。
これらの法制定・法改正を受け、日本は14年1月に140カ国目の障害者権利条約の批准国となりました。
<参考図書>永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著
『詳説・障害者雇用促進法―新たな平等社会の実現に向けて』(弘文堂、2016年)
- 執筆者プロフィール
長谷川珠子(はせがわ たまこ)
福島大学行政政策学類(法学専攻)准教授
東北大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。日本学術振興会特別研究員(PD、東京大学大学院法学政治学研究科)、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付参事官(障害者施策担当)付上席政策調査員等を経て、2011年より現職。専門は労働法