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月刊 経団連  巻頭言 変調の兆しを見逃すな

永井 浩二 (ながい こうじ) 経団連副会長/野村ホールディングス会長

今年、金融業界に入り43年目となった。振り返るとバブル崩壊、アジア通貨危機、リーマンショック等、様々な金融危機を経験してきたが、思い返せば、これらは当初ささいなことから始まり、その後気が付けば大きな危機へとつながっていったように思う。つまり、世界的な金融危機の多くは小さな問題を発端に信用不安が始まり、金融システム全体の危機へと負の連鎖が続く構図と言えよう。不思議なことに、そうした兆候が足元に生じても、危機が現実化するまでは「大した問題にはならないだろう」と楽観視している人が多い。

2023年3月、米国のシリコンバレーバンク(SVB)の経営破綻を契機に、金融市場では信用不安が拡大、その波は欧州にまで飛び火してUBSによるクレディ・スイス救済合併に至ったことは記憶に新しい。市場の混乱はひとまず収まっているように見えるが、果たして金融危機の芽は完全に摘まれたのであろうか。

デジタル技術の進化した現代では、金融市場を取り巻く環境も大きく変化している。今回のSVBの件では、SNSによる情報拡散やオンライン取引等により急速なスピードで大規模な預金流出が生じた。また、G7各国の物価上昇率は過去40年間で最も高い水準であり、深刻なインフレ問題に直面している。日本を除く米欧各国の中央銀行は、この問題への対応として過去に例を見ないペースで政策金利の引き上げを行っており、ここ十数年にわたった「超」金融緩和のトレンドは一変してしまった。すなわち、現在我々を取り巻いている環境は、以前とは構造的に大きく変わっているという事実を忘れてはならない。

「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」

米国の作家マーク・トウェインの言葉であり、市場参加者である我々に過去の教訓から学ぶ大切さを教えてくれている。

現段階では、大半の金融機関のバランスシートは健全であり、金融危機には発展しないだろうと思っているが、この警句を常に頭の片隅に置いて、変調の兆しを見逃さないよう今後とも細心の注意を払う必要があろう。

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