新型コロナウイルスへの政府の対応に市民の関心が集中した中、給付金交付の遅延やオンライン授業導入時の混乱など、日本のデジタル化の遅れが一層明らかになった。この背景には、「デジタルトラスト」と「デジタルデバイド」の2つの問題があるのではないか。「デジタルトラスト」は市民が政府のデジタル政策を十分に信頼せず、データ利活用の環境づくりが進まない問題だ。また、「デジタルデバイド」は高齢者などがデジタルサービスに容易にアクセスできない問題だ。身近な例として、転居に伴う住民票、免許証、電力・水道、銀行などの住所変更手続きは大変だが、これらデータが連携されれば、煩雑な手続きから解放される。市民がこのような利便性を経験することにより、デジタル社会に積極的に参加する動機が高まり、DXを支えるデジタルインフラ整備が進むことが期待される。
さて、時間軸を伸ばして考えてみたい。企業は長い間、「製品」の提供者だったが、近年はデジタル技術の進展により企業同士が協創し、新たな「サービス」価値の提供者に変わりつつある。例えば鉄道では、繁閑に応じた車両運行、故障の予兆診断による稼働率の向上が可能となった。MaaS(Mobility as a Service)により他の移動手段との連携も進んでいる。そこで、温室効果ガス排出が少ない、より安全な運行を市民が価値として重視すればどうなるだろうか。市民がそのような移動手段を選ぶことで、環境や安全の価値実現を後押しできる。
この市民の「創造的な価値選択」を、Society 5.0が描く社会システムの進化に役立てるためには、買う、学ぶ、移動するといった体験一つ一つを社会のデジタルインフラに直結し、データに基づき社会システムを柔軟に改善していく必要があるだろう。そのような将来像を見据えると、市民のデジタルインフラへの参加促進は喫緊の課題だ。そのためにも市民からのトラストの回復は大切で、本年発足したデジタル庁への期待は大きいが、経済界の役割も大きい。