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月刊 経団連 未来世代、マルチステークホルダーにどう伝えていくか

『サステイナブルな資本主義を目指して ― 今後の経団連活動への期待』 寄稿

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つながりの時代、企業が個人と協創すべきものは?

中村 天江
リクルートワークス研究所主任研究員
博士(商学)、専門は人的資源管理論。「労働市場の高度化」をテーマに調査・研究・提言を行う。「マルチリレーション社会 ―多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会―」等、未来の働き方についての提言を取りまとめて発表。厚生労働省「同一労働同一賃金」、公正取引委員会「人材と競争政策」等の政府委員も務める。2017年から中央大学客員教授。


「。新成長戦略」の衝撃

「。新成長戦略」が経団連から発表された際、いい意味で衝撃を受けた。一言でいえば、従来の経団連のイメージを超える「攻め」の姿勢を明確に感じたからだ。

新成長戦略という言葉の前に、過去との決別を意味する句点「。」をつけることなど、誰が思い付くだろうか。仮にアイデアは浮かんだとしても、表現の斬新さに戸惑う人がいて、特に保守的な会員が少なくない経団連であれば、賛意を得るのは難しいと想像される。にもかかわらず、「。新成長戦略」である。

「。新成長戦略」の意気込みは、原色を使ったポップなコンセプト動画や、カラフルなイラストを多用した報告書からも伝わってくる。

「報告書で大切なのは中身であって、体裁ではない」という意見もあるかもしれない。しかし筆者は、「中身が大切ならば、伝え方にもこだわるべき」と考えている。それは、ひとりでも多くの方に興味を持っていただくことが、共感を広げていく必要条件だからだ。

企業は「競争」から「協創」へ

では、「。新成長戦略」が伝えたいことは何か。新成長戦略が目指しているのは、企業が多様なステークホルダーと価値を協創していく社会の実現である。

現在、企業経営のあり方は大転換期にある。長く新自由主義のもと、企業経営では競争に勝ち利益を増やすことが重視されてきた。だがいまや、世界的に山積する社会課題を乗り越え、サステイナブルな社会を創るには、企業が社員や地域など多様な関係者と共に発展していく「ステークホルダー資本主義」に転換することが必要だとの認識が広がりつつある。

2019年にアメリカの経済団体がマルチステークホルダーへのコミットメントを宣言し、2020年には世界経済フォーラムが47年ぶりにダボス・マニフェストを改めた。

経団連の「。新成長戦略」もまた、企業が、生活者・働き手・地域社会・国際社会・地球の未来という5つの相手と価値を協創していくために、どんなアクションが必要なのかをまとめたものだ。

例えば、働き手との価値協創では、①時間・空間の制約を受けない柔軟な働き方への転換、②多様で複線的なキャリア形成に向けた人材流動化、③多様な人々の活躍促進、④「産みやすく育てやすい社会」に向けた集中投資が必要だと経団連は主張する。

十人十色のキャリア選択

「。新成長戦略」が標榜するように、誰もが希望のキャリアを実現できる社会が理想だ。しかし、今の日本では、働く人の約4割がキャリアの挑戦を諦めている。

既にキャリアの選択肢は、学び、成長できる環境、転職や独立、起業、子育てや介護と仕事の両立など十人十色に広がり、さらには人生100年時代、一億総活躍といった華々しいキーワードも飛び交う。にもかかわらず、個人は希望するキャリアに挑戦できていない。

その原因はキャリアの孤立にある。長期雇用が浸透する日本では、個人はキャリア決定の主導権を企業に委ね、受け身でキャリアを形成してきた。そのため、企業の人材育成以外のキャリア形成を支える社会的機能が貧弱だ。日本は「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」人間関係も、諸外国の3分の1しかない。

近年、キャリア形成の自己責任が強調されるようになっているが、キャリアは独りぼっちではつくれない。自助努力が必要なのはその通りだが、周囲の支えや協力があって初めてキャリアができるのも事実だからだ。また、長く孤独な状態にあると意欲や行動は減退していく。つまり、自助が大事な時代だからこそ、他者とのつながりが重要になっているのだ。

「つながり」が未来を開く

個人のキャリア形成において重要なつながりは3つある。企業とのつながり、家族とのつながり、企業と家族以外のサードプレイスでのつながりである。

経団連の「。新成長戦略」は、まさに個人と企業のつながりの刷新を企図したものだ。③多様な人々の活躍促進や②多様で複線的なキャリア形成をさらに強力に推進していただきたい。

また、日本的雇用は、男性が一家の大黒柱として生涯働き、女性は専業主婦として家族を支えるという性別役割分業とともに発展してきた。しかし、社会の不確実性が高まるにつれ、固定的な性別役割分業は、夫婦で互いのキャリアを支え合うのではなく、キャリア選択を縛り合うようになっている。④産みやすく育てやすい社会や①柔軟な働き方への転換により、誰もが仕事と家庭を両立できるようにする必要がある。

加えて、企業と家族以外のサードプレイスでのつながりもまた尊重される社会への転換が急務である。というのも、テクノロジーの進展やグローバル化により、企業は終身雇用を約束できなくなっている。また、今後、単身世帯が増えるとの推計もある。つまり、企業や家族というつながりの基盤が、これからは決して当たり前ではなくなっていく。

自助・共助・公助、突破口は「共助」

図表 未来のキャリアに対する主体性

筆者らの分析によれば、職場と家族以外のサードプレイスを持つことにより個人の幸福度は高まる。特にありのままの自分でいられて、共通の目的を持つ仲間がいれば、喜びや成長を感じることができ人生が充実する。また、つながりが豊かだと、キャリアの環境変化も乗り越えやすい。

しかもITの発達により、そのようなサードプレイスの活動に参加しやすくなっている。例えば、同業他社の知人たちとの勉強会「職業コミュニティ」、企業の同窓組織「企業アルムナイ」、SNS上の県人会、NPOやボランティアの活動などである。社外の活動がキャリアの挑戦のきっかけになることもある。

日本社会において企業は個人にとって最大の共同体であった。その企業との関係が揺らぐのであれば、そこに代わる「キャリアの共助」が必要になる。自助が求められる時代だからこそ、つながりと支え合いの「共助」の充実が強く期待される。

「。新成長戦略」というクイズ

玉樹 真一郎
わかる事務所代表/八戸学院大学学長補佐
東京工業大学・北陸先端科学技術大学院大学卒業。任天堂「Wii」のコンセプトワークから企画・開発に横断的に関わる。同社退社後、青森県八戸市で独立・起業。自治体・企業向けのコンセプト立案、効果的なプレゼン手法、デザイン等の講演、コンサルティングのほか、人材育成・地域活性化に取り組む。NPO法人プラットフォームあおもりフェロー/三沢市まちづくりアドバイザー


問題:西暦0年は存在しない。○か×か?
答え:○ 西暦において、西暦0年は存在しない。西暦1年からはじまり、その前の年は「紀元前1年」となる。

DXが進まない問題の元凶

デジタルのデの字も無かったころ、人類がまだ完全にアナログで生きていた紀元前のころに、社会ができた。その後いろいろあって、西暦1977年に生まれた僕は、アナログ時代の終わりかけに少年時代を過ごした。壁時計をにらみ、家族とのチャンネル争いに勝ち、怪しげな教祖に扮して太鼓を叩く志村けんを見て笑っていた。

その後、遅ればせながらデジタルが生まれた。携帯電話で時間を見て、インターネットで友人と連絡を取り、パソコンで作曲した曲をバンドで弾いた。

結局のところ、この順番こそがDXが進まない問題の元凶だ。本来ならば、デジタルが存在することを前提にして、新しく社会を作ればいいだけ。それがDXの本質だ。しかし面倒なことに、アナログで作った社会のかたちが既にあるものだから、折り合いをつけながら作業を進めなければならない。

例えば、既存の会社のかたちを壊さないように、かつ諸先輩方の機嫌を損ねないように注意しつつ、新しいシステムを導入しなければならない。想像するだけで面倒だ。

だからDXは足が遅い。悪役が誰かは明白だ。僕と僕より上の世代、つまり「アナログな社会を知っている人」だ。デジタルがない時代に青春を過ごし、人格を形成し、この世界の美しさや楽しさをデジタルなしに知ってしまっている。表面的には「DXこそ肝要なのだ」と口にするが、腹の底では「そんなのいらん、知らん、なんぼのもんじゃ。俺の目の黒いうちは…」と思っている。

そんな人達を、どうやって社会の作り直しに巻き込めるだろうか?

「つい」が生まれるとき
~アナログの大樹にデジタルの枝を接ぐ

ところで、僕はかつて任天堂に勤めていた。創業三代目の山内溥社長からバトンを受け取った岩田聡社長は「過去を否定してはいけない」と言った。過去、先輩達が懸命に努力した結果として、今の会社や社会がある。過去を否定することは、先輩方の人生を否定することになる。否定された先輩方は、きっと悲しむ。皆で手を取り合って、より良い未来を作るためには、過去を否定してはいけない。先輩方に分かってもらえるよう、コミュニケーションを尽くすべきだ。

ゲームを作ることも、これに似ている。説明書を読まずにゲームを遊び始めてしまったユーザーが、ゲームのルールが分からずゲームを楽しめなかったとしたら、それは誰の責任か? 当然、ゲームを作った人間の責任だ。ここで「説明書を読まなかったユーザーが悪い」と思ってしまう人は、ゲーム作りに向いていない。どんなユーザーが遊んでも自然とルールが分かって、つい遊んでしまうようにゲームは作らねばならない。

現在の僕は任天堂を辞め、青森県八戸市で地方創生に関わる仕事をしている。当然DXに関わる仕事もあるが、率直に言えば、地方のお年寄りはアナログの極地に生きている。こちらが少しでもデジタルな話をすると、どうしても拒否反応が出る。しかしそこで批判してはいけない。手を取って、腰を据えて、話を聞く。目の前の人が歩んできた人生、長い時間をかけて腹落ちした理解や信条が、誰もの心の中に大樹のように茂っている様子を見上げる。そんな人生の大樹にデジタルという枝を「生きてくれ」と願いながら接いで、命が通うのを待つ。デジタルという枝は、アナログの大樹から栄養をもらって、初めて育つ。どんな人生を歩んできた人にでも使えるように、むしろ人間なら誰でも「つい」使ってしまうようにデザインする。それしか解決策はない。

とどのつまり、DXにおいて大切なのは、技術そのものではない。様々な人生を全て尊重する敬意であり、目の前の人に寄り添うやさしさであり、相手の記憶や知識や心の動きを推測する時の解像度の高さである。そこから「つい」が生まれる。「DXすべし!」という号令は必要ない。直感に従って自然と行動するユーザーが、自発的にDXを推し進める。

一方、ダメなDXは技術そのものを謳う。ユーザーを画一的なものと決めつけ、寄り添わず、そもそもユーザーを知ろうとしない。「DXすべき!」という号令ばかりうるさい。勉強しなさいと言われて勉強したくなる子どもがいないように、命令が物事を推し進めることはない。

「。新成長戦略」において、Society 5.0実現の原動力となるDXの推進は、直感と命令どちらの道をたどるのだろうか?

コンセプトとは、プロダクトに込められたクイズのようなもの

断るまでもないことだが、「。新成長戦略」を掲げ、一致団結することは素晴らしい。しかし、この内容はユーザーに伝えるものではない。そもそもユーザーには、この内容を理解し実行する義理も責任もない。「。新成長戦略」を掲げた者こそが、義理と責任を持つ。この戦略を実現するための商品やサービス、仕組みや決まりを作り、その成果物のみをユーザーに届けるべきだ。

ユーザーはそういった成果物を自らの直感で手に取り、理解し、使い、受益し、喜びを自らの言葉で語る。誰からの命令も入れ知恵もないまま「そうか、デジタルで世の中はこう変わるってことなんだね」とユーザーが口々に語った時、DXは初めて成功する。

西暦0年が存在しないのと同じように、真の社会変革は目に見えない。それはたくさんのユーザーの手によって静かに進んでいく。コンセプトはユーザーに伝えるものではなく、プロダクトに込められたクイズのようなもの。ユーザー自らが気付くべきものであり、答えを先に伝えてはならない。

「。新成長戦略」という答えは決まった。この答えから、どんなクイズが生まれるのだろうか? 回答者としても、問題作成者としても、胸を高鳴らせている。

経団連さん、私たちは夢が持てません。100年先を見据えてください。

たかまつ なな
時事YouTuber/笑下村塾社長
フェリス女学院出身のお嬢様芸人としてテレビ・舞台で活躍する傍ら、お笑いを通して社会問題を発信。慶應義塾大学大学院と東京大学大学院在学中に起業。教育・進路講演会やコミュニケーションをテーマとした企業のビジネス研修の講師を務める。夢はお笑い界の池上彰。「笑える!使える!政治教育ショー」を行う笑下村塾の代表を務め、主権者教育の普及・啓発も積極的に行っている。


助けてください。私たちは夢が持てません。この日本で子どもを産むことが、生まれてくる子どもにとって不幸ではないか、自分の手で育てられないんじゃないかという不安があります。年金にどのぐらい頼れるか分からない、親の介護と自分の仕事は両立できるのか、お先が真っ暗です。

だから、私は時事YouTuberとして、政治や教育現場を取材し、シルバー民主主義を解消し、若者の声を届けようとしています。18歳選挙権導入時に、若者と政治の距離を縮めようと起業しました。「笑いで世直し」をコンセプトに、お笑い芸人が先生となり、全国の学校へ出張授業を届け、投票率向上を目指しています。

未来の子どもにツケを回したくない

よく、「政治家を目指しているのか」と聞かれます。答えはノーです。私は、社会問題を解決して個人的に得をするわけでもなく、誰もやりたがらないことをやり、社会をよくするのが政治の大きな役割の1つだと思い、社会問題を解決するために政治に興味を持ちました。しかし、政治の世界は、目の前の選挙しか考えていないことが多く、与野党問わず、若者に向かって言葉が投げられることが少ないです。YouTubeで政治家と対談し、質問をぶつけると、「シルバー民主主義なんてものはない、そのような議論は世代間対立をあおるだけ」と言われたこともありました。数年先の未来は語られても、50年後、100年後の未来が語られることが少ないと感じました。

私は未来の子どもにツケを回したくない。そのために、今できることは何かを考え、SDGsの普及啓発に力を入れており、『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』や『SDGsババ抜きカードゲーム』などの教材を作り、企業や自治体・学校へ出張授業を届けたり、テレビ番組でSDGsの解説や監修を務めたりしています。

今回、経団連の機関誌に寄稿させていただくにあたり、「。新成長戦略」を拝読し、中西宏明前会長の言葉を読み驚きました。経団連には、女性と若者が不在、古臭いというイメージが正直ありました。ところが、「シルバー民主主義のもと、後回しにされる傾向があった未来への投資を躊躇してはならない」という言葉が冒頭にありました[注]。今の資本主義の限界、若者への投資、デジタル化、地方創生など、若者の意識や将来へのことが書かれており、これらが実現されれば本当にうれしいと思いました。その上で、冒頭で述べたように、バブルを経験しておらず、お先真っ暗な若者の惨状はもう重々理解はされているならば、何を伝えるべきか考えました。

私が出した結論は、「100年先を見据えた国家像の議論を経団連がリードすべし」ということです。これは、本来は政治やメディアなど、オピニオンの場がやるべきことかもしれません。ですが、政治の現場を取材する中で、シンクタンクも弱い日本でリベラルの貧困化にぶち当たることがよくあります。与党か、政権批判だけをするのか、メディアも政治も二極化されているように感じるのです。問題を先送りにし、数年先のことを考えればおしまい、それでは済まないとのメッセージをトップが発している経団連なら期待できると心から思っています。

「若者が希望を持てる社会」を先送りしたくない

私は政治家やメディア、企業を批判したいわけではなく、「若者が希望を持てる社会」を子どもや孫の世代に先送りしたくないと考えています。わらにもすがる思いでこれを書いています。SDGsをやったふりをすることや、消費者を一時的に騙すこと、自分たちの世代は見て見ぬふりをすることは簡単です。SDGsを取材する中で残念に思うのは、大企業が本音を言わず、サステイナビリティ推進室やCSR部に押し付けて、SDGsをやったふりをする巨大広告を打っていたりすることです。

「本音ではSDGsを推進したい。でも、できない部分がある。視聴者の理解や下請け会社や海外など、目の届きにくいところの改善がすぐにできない場合もある。そういうところは隠して、やったふりをする」

とはいえ、その広告費で少し改善したり、「SDGsをやるのはとっても難しいけど、やっていく」と本音を吐露したり、課題を消費者と共有することで、かえって共感や信頼を得たりすることもあるでしょう。そうなれば、本業でSDGsに取り組むというポジティブなサイクルが回ります。経営陣はよく考えているのに現場に浸透していないといったケースも多くあります。私たち笑下村塾の研修では、経営者と現場の人が一緒にワークショップに参加することで、お笑い芸人という外モノからの化学反応を経て接着することを試みたりしています。

逃げ切れる。でも、100年先を見据えてほしい。

「少子化という事実は受け入れ、国内で格差が広がる前に市場を世界に求めていくためには、ある程度企業が合併すべきではないのか」「多様な働き方のために社会保険制度を見直さないと、そもそも副業ができないのではないか」「年金制度は若者世代が大損する。制度の抜本的な見直しが必要ではないか」「世代間格差をなくすために、若者の投票数を倍にする。インターネット投票を実現する」「企業で若者が自由に発言できず競争力を損なっている。意見を言うことと人格否定はそもそも別だという認識を広めるにはどうすべきか」「終身雇用や年功序列制度を前提としない社会を選択するならば、評価制度を大きく見直すべきでは」など、抜本的な問題やボトルネックをよくよく見据え、議論して提言してほしいのです。

目標を口にすることは難しいです。それを達成することはもっと難しいです。だからこの、「。新成長戦略」を作っただけでもすごいのです。ただ、これを夢物語にするのではなく、実現に向けて、そして沈みかけた日本を助けるのは自分だという意識をもって、若い人に希望を持たせてください。今、私は27歳です。人生100年時代、あとこの国で70年、安心して好きな人と美味しいものを安心して食べ、生きていける社会が続くよう、私も微力ですが、行動します。


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