常務理事 栗山泰史 (くりやま やすし) |
3月25日の朝8時過ぎ、地震保険中央対策本部の事務局長として、NHKの「あさイチ」という生放送の番組に出演した。もともとは予め当方とNHKで用意したシナリオに沿って地震保険の説明を行い、予定された質問に答える形で進行するはずが、実際には居並ぶゲストからの矢継ぎ早の質問にただただ答え続けることで番組は終わった。「まるで親の敵に出会ったかのような質問の嵐でしたね」という番組終了後のアナウンサーの感想がその時の雰囲気を如実に表している。
「損保業界には地震保険の支払いに耐えるだけの資金はあるのか」「保険金不払い問題を起こした損保業界は地震保険金の支払いを適切に行えるのか」。東日本大震災が残した呆然と立ちすくむしかないような風景を前にして、多くの国民が最初に抱いた地震保険に関する疑問はこのようなものであった。NHKでの出来事は、こうした国民の損保業界への不安と不信をゲストが代弁したものであったと言ってよいだろう。
通常、損害保険の事故対応は、損害調査の担当者と事故に遭遇した保険契約者との一対一の話し合いから始まる。しかし今回は、国民の不安と不信の中で、損保業界全体が全国民に対して説明責任を果たしながら、保険金を適切かつ迅速に被災者に届けるために何をなすべきか、これを文字通り必死に模索することが求められた。ゼロからではなくマイナスからの出発であった。
今回の一連の対応は3つの柱に区分される。第一に損害調査、第二に保険相談、第三に保険上の特別措置である。地震保険に関しては、日本損害保険協会に「地震保険損害処理総合基本計画」が存在するが、今回は地震発生の当日のうちに、この規定に従い、歴史上初めて「大規模地震損害処理体制」による対応を行うことを決めた。ちなみに阪神淡路大震災は「中規模地震損害処理体制」での対応であった。「大規模地震損害処理体制」の最大の特色は「現地対策本部」とともに「中央対策本部」が設置される点にある。現地における個別の損害調査や保険相談を最大限バックアップするために、全社が一致団結して共通の措置を実施し、組織的に、政治、行政、マスコミ対応にあたることが中央対策本部における仕事である。
第一の柱である損害調査に関しては、衛星写真と航空写真2万3千枚を使った全損認定地域の指定が最も重要な作業であった。これは今回初めて実施する措置であり、最初に津波による被災を写真から地図に置き換えること、次に地図を住居表示や地番に変換すること、最後にこれを保険契約上の住所と突合せること、この3つが主要な作業であった。この過程は机上では決して想定できなかった困難の連続であったが、この作業の結果、一件ごとの損害認定が不要となり、保険金支払いの速度は劇的に速まることとなった。
第二の柱である保険相談に関しては、避難所を中心に8万枚のポスターを掲示し連絡先の周知を徹底した。ポスターの掲示と避難所での保険相談における現地の保険代理店の活躍は、保険代理店自身が被災者であるケースが多々あったことも相俟って、保険代理店がいかに地元に密着した優れた存在であるかを感じさせるものであった。相談対応としては他に、地震保険を契約した保険会社が不明であるケースが多く出たため「地震保険契約会社照会センター」を設置するなどの緊急対応を講じたが、こうした対応は、「現地」における自発的対応を「中央」が制度化したものであり、両対策本部の意思疎通が密接に行われたことの現れであった。
第三の柱である特別措置は、継続契約手続きや保険料払い込み猶予などの措置を指すが、津波や液状化による被害認定の明確化や、福島において一時帰宅の際に契約者自身による被害認定を導入したなどの対応も特別措置に含めることができる。これらが次々に導入されたことの背景には、財務省、金融庁など行政と業界との緊密な連携、そして柔軟な行政としての判断があったことを記しておきたい。そこには、まさに被災者優先の視点が存在した。
今回の地震保険対応は、初めての制度導入に伴う企画段階での不安や意見の不一致、実行を決めた後の周知不足、また福島での原発事故による損害調査の遅れなど、実際にはさまざまな問題点を抱えながらの対応であった。しかし、基本方針として次の3つを守り続けたことが一定の評価を得る結果につながったと考えている。一つ目は各社の個別判断に委ねることなく、損保協会長を中央対策本部長として業界一致団結を実現したこと、二つ目は一度決めたことを覆すことなく実行したこと、三つ目は悪い情報を含めて可能な限り早期にマスコミへのリリースを行い続けたことである。
保険金の支払い業務は、最後の一件まで適切に遂行しない限り終わることはない。しかし、地震発生後約半年の間に1兆2千億円に近い保険金を支払うことができたこと、多くの被災者である保険契約者から「ありがとう」の声を頂戴したこと、そして、それを糧に保険金支払い業務に携わった保険代理店を含む損保業界の全員が改めて保険事業の公益性を実感したこと、このことは、誠に「有り難い」ことであったと考えている。